Ｍｉｎｋの図書館♪（バックナンバーその５）

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「丘の上のコンサート」（２０００年５月０７日ＵＰ）


こんにちは。あたし、森山叶花。
この前の放課後の、あたしのちょっとした体験、聞いてくれる…？


それはある日の放課後のことだった。
「ふぅ、やっと学校終わったね〜。」
あたしとみんくと真帆子は、学校が終わるといつも通り下校していた。
「ねえ、みんく、今日はお仕事あるの？」
「うん。歌番組の打ち合わせだって先輩が言ってた。すぐ終わるらしいんだけど。」
「大変だね〜。イリヤくん来るのかしら？」
「真帆子ってば、いっつもそればっかだね」
「あんたはパソコンのことしか頭にないんでしょっ！？」
…そんな会話を交わしながら、私たちは歩いていた。
「じゃあ、あたし、お仕事行くね」
「そう、みんく、じゃあね〜。叶花はど〜すんの？」
「あたしは、パソコンショップに寄っていくから、ここで商店街に行くよ」
「そう。じゃあ、また明日ね。」
あたしたちは別れた。

あたしは、駅前まで出ると、マルチメディアの専門店であるドドバシカメラという店へ入っていった。すぐ近くにガオックスという大きな店もあり、この辺はあたしみたいなパソコン狂行きつけの地帯なのだ。あたしはどっちかというと、ガオよりはドドバシの方が行きつけだったりする。両店の評価は、各人でそれぞれまちまちだけど、あたしはどっちも大差ないと思っている。ただ、買い上げ額に応じて貰えるお得意様ポイントがよく貯まっているのが先に開店したドドバシの方だから、こっちを利用する回数が多いにすぎない。
「ふぅ、やはり既成のＣＰＵは、ここんとこ満足行くものがないなあ…。これじゃあ、当面自作しちゃった方が早いなあ…」
最近のパソコンは、性能は上がっているけど、でも、あたしみたいなレベルの人間には満足しきれなくなっている。パソコンフォーラムで懇意なＤｒａｇｏｎさんなんかは、ほとんどすべて自作の機器でそろえているらしく、モバイル用のノートだけが既製品だとか…。そういえばあたしも、古い彼の自作パソコンをお下がりでもらったことあったけど、すごく性能が良かった。すごいなあ。今度またオフ会で自作のアドバイスを頂かないといけないな〜。
つづいてあたしは、楽器のコーナーへ行ってみた。ここには、単なる楽器のみならず、各種コンピュータ対応のシンセサイザーが揃っているのだ。Ｍｉｎｋが歌手として活躍し出した以上、あたしの「おねがいＮＥＴＷＯＲＫ」にも、音楽オプションを充実させようかな…とか思っていた。
「さすがに、シンセサイザーは歴史が古いだけあって、充実してるな〜」
あたしがいろいろ見ているときだった。どこからともなく、きれーなメロディが流れてくる。誰かが試しにキーボード弾いてるんだろうなあ。実に上手い。
「あれ、これって、Ｖｅｌｖｅｔ　Ａｎｇｅｌ…？」
音のするほうを見ると、一人の帽子かぶってグラサンかけた男の人が、キーボードを叩いている。あれ？　どっかで見たような横顔…？
あたしがじっと見ていると、視線に気づいたのか、その人は演奏を止め、あたしの方を振り向いた。
「おや…？　君は…？」
その人は、あたしのもとに近づく。
「ああ、そうか、君はやっぱり…。」
親しげにその人は声をかけてくる。一体この人、誰だっけ？
「あ、あのう、どなたですか？」
あたしが怪訝そうにきくと、その人は
「ほら、オレだよ」
というと、一瞬だけグラサンをずらして顔をみせてくれた。
「ああ、あなたは、イ…！！！」
「しっ！　オレの正体がわかったら、店中がパニックになるよ…。」
「あ、す、すみません…」
なんと、その人は、ＪＡＧＵＮＮＡのヴォーカリスト、イリヤくんだったのだ。
「君、コンサートリハーサルの時にＭｉｎｋちゃんと一緒にスタジオにいた子だよね？　お友達だね？」
「え、ええ。その節はど〜も…」
「ふふ…。ねえ、もしよかったら、ちょっとお茶しないかい？」
「え？　あたしと？？？」
「店の前でちょっと待ってて。車で迎えに行く！」
「あ、あの、ちょっと待って…」
イリヤくんは、一方的に言い残すと、去っていった。
「もお、勝手なんだからあ！」

あたしは帰ってしまおうかとも思ったけど、このままほっておくのもなんだか気がひけた。あたしはドドバシの前の道路脇で待っていた。
５〜６分くらいすると、とつぜんあたしの目の前に、１台のＢＭＷが横付けされた。そして、イリヤくんが顔を出した。
「さあ、乗ってよ。」
イリヤくんはグラサンをかけていたものの、さすがにＢＭＷは目立ったのか、周囲の人が注目してしまった。
「あ、あれって、もしかして…？」
「きゃああああ！！！！　イリヤくんよ、イリヤくんよぉ〜〜〜〜〜〜！！！」
「ええええ？　うそうそ、きゃあああ！！！！　イリヤくん〜〜〜？？？」
周囲が騒然となった。
「さあ、急いで乗って！　オレのファンが取り巻く前に…」
「は、はいっ…！」
あたしは急いで乗り込んだ。周囲がパニックになっているのを尻目に、あたしたちを乗せたＢＭＷは、爆音を轟かせて走り去って行った。

車は街道を飛ばして走った。
「ふふ、突然誘ったりして、悪かったかな？」
イリヤくんは、イタズラっぽくクスクス笑う。なんだかその様子を見ると、あたしはちょっち腹がたった。
「そ〜ですね。ほとんど初対面に近い女子中学生を車で連れ去るなんて、犯罪ですよっ！」
「そうかもしれないね。でも、こういう犯罪だったら、ある意味本望かもね？うふふふっ！」
…うう。なんだかこの人、思考が読めない…。まさかこのままあたしを本当にどっかに連れ去って、何かイケナイことをしようとしてるんじゃないでしょうね？
そう言っている間に、車は街道をそれて、どんどん丘の上へと登って行く。
「…あ、あの、一体どこに？」
「うふふ、それは、ひ・み・つ！」
「ひ、秘密って…」
「いいとこだよ、とびっきりい・い・と・こ☆　あ、もうちょっとだ」
相変わらずとらえどころの無い笑顔を浮かべながら、爆走していく。あたしはどんどん不安になっていった。
車は、少しすると、とある建物の前に到着した。
「さあ、降りて！」
イリヤくんがドアを開けてくれた。おっかなびっくり降りてみると、そこは素敵な木のロッジ風の建物の前だった。
「…ここは？」
「素敵なお店さ。さ、中に入ろう！」
イリヤくんは、あたしの手をさりげなくひくと、中に入っていった。ちょ、ちょっとお。ど〜してそんなに気安く女の子の手を握るわけぇ〜？？？

そこは、一種の喫茶店だった。ロッジ風な造りが、実に洒落た雰囲気を醸し出していた。そして、洒落たセミクローズドな個室が２階にいくつか用意されていて、カップルなんかがそこで静かに会話を楽しめるようになっていた。
「へえ、いい眺め〜。」
丘の上から、あたしたちの住む街並みが、そして、その向こうには海が見える。とっても素敵な場所にあった。
「どうだい、素敵な場所だろう？」
「へえ。近くにこんな店があるなんて、知らなかったな〜」
「ふふ…。ここは静かさを売り物にしてるからね。街中のように騒々しくないし、こういう個室もある。だから、オレみたいな仕事をしている人間が女の子と二人っきりで会話するには、丁度いいのさ。」
そう言うと、イリヤくんは、イタズラっぽい笑顔を浮かべて、こっちをじっと眺める。
「へえ。そうなんだ。でも、あたしを勝手に車で連れ去るなんて、とっても失礼だと思いません？」
あたしは、ちょっと不機嫌に言った。
「ごめん。素敵な女の子を見ると、つい誘っちゃうのがオレの悪い癖なんだ。ごめんね…」
“素敵な女の子”ですってぇ〜〜〜〜？　よくもまあ、いけしゃあしゃあと歯の浮くセリフを…！
…でも、そう言うと、イリヤくんは、物憂げにうつむいてしまった。な、なによ、さっきまでイタズラっぽく笑ってたくせに…。そんな表情されたら、まるであたしが悪いみたいじゃない…。
「あ、でも、ちゃんと高いもの御馳走してくれたら、許してあげなくもないですけど〜…」
あたしがちょっと焦って言うと、途端にイリヤくんは、顔をあげた。
「そう？　じゃあ、とびっきりのケーキと紅茶を御馳走するよ。マスター！」
今度は、無邪気な笑顔を浮かべて、イリヤくんは、店のマスターに大はしゃぎで注文をしている。
「う…、何なの？　この人…」

丘の上から素敵な景色を眺めながら、紅茶を飲む…。しかも、となりには、とびきり素敵なアーティスト・イリヤくんが……。
…な〜んてシチュエーションのなかに、今のあたしはいるわけだけど…。まあ、確かに紅茶とケーキはとびっきり美味しいけど、でも、イリヤくんと一緒だからって言って、あたしは全然イリヤくんにキョーミなし。こんな状況に今あたしがいるってみんくや真帆子が知ったら、恨まれるんだろ〜な〜？
「ふふ、どうだい？　最高の店だろう？」
「そうですね。お茶も美味しいし、眺めもいいし」
「こういう店にはね、とびっきりの女の子を連れてくるのが最高なのさ」
…あのね〜…。どうしてこの人はこういう歯の浮くようなセリフばっかり言うんだろう？　なんだか腹がたってきた。
「イリヤさんって、いっつもこうやって、女の子たぶらかしているんですか？」
あたしがムッとして言うと、イリヤくんは、黙ってこっちをじっとみつめた。
…な、なによ。
あたしの顔なんかみつめちゃって…。
あたしをそんなことで落とそうとでもいうつもりなの…？
やるならやってごらんなさいよ。
あたしはあなたなんかに、これっぽっちもキョーミないんだからね。
「きみって、なんか、違う魅力を感じる…」
イリヤくんが何気なく口を開いた。
「君、確か、叶花ちゃんっていったよね？」
「あたしの名前を覚えていたの？」
「Ｍｉｎｋちゃんが君のことをそう呼んでたからね。」
「よく覚えているのね？」
「だって、君のことは、最初観た時から、なんとなく印象に残ってたんだ…」
イリヤくんは、そう言うと、こっちを見つめてニコリとした。
「あたしが？　あたしってそんなに特徴ある顔してるのかなあ？」
「君にはね、なんだか、今までオレが出会った女の子とは違う魅力を感じていたんだよ」
…か〜〜〜〜っ、相変わらず歯の浮くセリフ。なんなのぉ？
「オレに出会う女の子たちって、オレを見るとキャーキャー騒ぐ女の子ばかりだった。まあ、こういう仕事してるからね。仕方ないんだ…。でも、君はちがった。オレを見ても騒がなかった。そこがなんだか新鮮だったんだ」
イリヤくんは、そう言うと、ちらっと窓の外を見た。
「新鮮…ですか？」
「うん」
「あのう、悪いですけど、あたしって、芸能界とかってあんましキョーミないんです。だから、イリヤさんをみても騒がないわけで…」
「へえ。そうだったのか。どうりでね…。」
イリヤくんは、おもむろに、あたしの方に椅子を寄せて近寄ってきた。…あ〜、も〜〜！　馴れ馴れしいにもほどがあるんじゃないのぉ？
「じゃあ、これくらい接近して話をしても、気絶する心配はないよね」
「え、まあ、そりゃあそうですけど…」
イリヤくんは、ちょっと紅茶をすすった。
「オレみたいな仕事をしてると、女の子と話をすることもままならない。君みたいな、オレのことを特別視せず、ふつうに話してくれる女の子とこうやって話がしたかったんだ…。ある意味、女の子の友達に、オレは飢えているのかもしれない…」
そういうイリヤくんの眼は、どこか寂しそうだった。
「そう…。イリヤくんって、女の子には不自由しないとばっかり思ってたけど…」
「オレに近寄ってくる女の子はたくさんいる。でも、オレのことを特別視して寄ってくる子ばかりさ…」
イリヤくんは、そういうと、こっちをまたじっとみつめた。
「でも君はそうじゃないからね。こうやってオレも、リラックスして話せる…。こんな体験、今までなかったよ。」
そう言ってあたしをみつめるイリヤくんの瞳、どこか寂しそうだった。

それから、あたしとイリヤくんは、いろいろとりとめもない会話をした。お互いのことを話したり、世間話をしたり…。ほんとう、それこそ、たわいもない話。
そんな話をするイリヤくんは、時々テレビであたしが観るイリヤくんとは違っていたことに気がついた。あのカリスマアーティストとしてのイリヤくんは、そこにはいなかった。そこにいたのは、実はとっても話好きな、そしてどこか寂しげな、ひとりの１８歳の男の子だった。イリヤくんは本当によくしゃべった。あたしもつられてよくしゃべった。なんだかとっても楽しかった。気がつくと、あたしもイリヤくんも大笑いしたりしていた。
「ねえ、この歌、聴いてくれないかな？」
「歌？」
「新しく作ったんだ」
イリヤくんは、マスターにギターをもって来させると、あたしの前でギターを構えた。
「今度作った曲なんだ。」
「え、でも、あたしはあんまり歌とかはわからないですよ」
「だからこそ聴いて欲しい。変な先入観のない、新鮮な感想がききたいんだよ」
そう言うと、イリヤくんはギターを弾きながら歌い出した。

…丘の上の喫茶店の、あたしとイリヤくんの二人だけのコンサート。
…イリヤくんの甘く、そして切ない歌声が、優しくあたしの耳に届く。
…なんだか……、
……素敵…。

イリヤくんが歌い終わったとき、なんだかあたしは夢の中にいるような気持ちだった。
「どうだった？」
イリヤくんのその声で、あたしはハッと我に返った。
「どう？」
「…なんか、こう、うまく言葉がみつからないんだけど…。でも、素敵…。」
「そう？　なんだか嬉しいよ。」
イリヤくんは、無邪気な笑顔をつくって喜ぶ。あたしはふと、この曲がＭｉｎｋのための曲じゃないかって気がついた。
「イリヤさん、これ、Ｍｉｎｋのための曲でしょ？」
「そうだよ。これは、Ｍｉｎｋちゃんに贈ろうと思って作ったんだ。オレの作った歌を、またＭｉｎｋちゃんに歌って欲しくて…」
イリヤくんは、瞳を輝かせて言った。
「Ｍｉｎｋちゃんは、オレの作る歌を、いつも美しく歌ってくれる。最近、歌を作るのが楽しくなった。Ｍｉｎｋちゃんのおかげなんだ」
そういうイリヤくんの瞳は熱っぽかった。

…そりゃあ、そうよ。だって、Ｍｉｎｋは、あたしが作ったんだから…。
…あたしの大切な友達、みんくの変身した姿なんだから。
…そこいらのアイドルなんかとは、わけが違うんだから。
…あたしの大切な、かけがえのない、みんくなんだから…。

「オレは、Ｍｉｎｋちゃんのことが欲しくなった…」
イリヤくんはつぶやいた。
「え？　Ｍｉｎｋを…？」
「この前、ドラマの仕事でＭｉｎｋちゃんと一緒にロケに行った。そして、キスシーンをやったんだ。でも、Ｍｉｎｋちゃんはオレには本当のキスをくれなかった…。その時気がついたんだ。オレはＭｉｎｋちゃんが好きだって…。Ｍｉｎｋちゃんの本当のキスが心から欲しいって。」
そう言う、イリヤくんは、心なしか興奮しているように見えた。
「ねえ、叶花ちゃん。Ｍｉｎｋちゃんって、誰か好きな人、いるのかな？　どう思う？」
「え…？」
その時あたしの頭には、鳥海先輩の顔がうかんだ。みんくの先輩を見つめる瞳、それは明らかに恋する女の子の瞳…。
そんなことを思ったとき、あたしの胸が、ちょっと痛くなった。
「もしかしたら、いるのかもしれませんよね…」
「そうだろうね。きっとＭｉｎｋちゃんには、他に好きな人がいる･･･。きっと誰かに恋しているからこそ、あんなにＭｉｎｋちゃんは輝いているんだ。だけどオレは、その人から奪ってでも、Ｍｉｎｋちゃんが欲しいんだ。こんな気持ちになったのは、Ｍｉｎｋちゃんがはじめてなんだ。」
熱く、そしてやや叫ぶように言うと、イリヤくんは、あたしの方をみた。
「叶花ちゃんは、誰か好きな人はいるの？」
「あ、あたし…？」
あたしの脳裏には、かけがえのない友達の顔がうかんだ。
でも、こんな想い、人には知られちゃいけない…。
「い、いません…」
「ウソだね。叶花ちゃんにも、大切な人がいる。そんな瞳をしてるよ…」
イリヤくんは、あたしの眼をじっとみつめた。
だめだ。その瞳、あたしのこころを見つめて、決して誤魔化しを許さない･･･。
「…いるかもしれない…。でも、決して叶わない想いだから…。だから…」
ふとあたしの眼から、涙がこぼれて頬を伝って落ちる。
イリヤくんは、人差し指をあたしの頬にあてて、涙をすくってくれた。

夕方、あたしとイリヤくんは、再びＢＭＷで街道を走っていた。夕方というよりも、やや暗くなり、夜に入りかけていた。
やがて、あたしの家の近くで、ＢＭＷは止まった。
「送ってくれてありがとう。ここからは帰れるから…」
「今日はありがとう。また、お茶してくれるかな？　友達として」
「いいですよ。でも、今日みたいに突然強引に連れ去られるのはかんべんかなあ？」
「ごめん。今度はアポをとるよ。これ、オレの携帯の番号。叶花ちゃんのも教えて」
イリヤくんは、メモをくれた。
「ねえ、イリヤさん、電子メールとか、使わないの？」
「メール？　使ってるけど？」
「だったら、メールで連絡してよ。あたしへの連絡はメールのほうが確実だよ」
そう言うと、あたしは、携帯番号と電子メールアドレスを書いた紙を渡した。
「ありがとう。…今日の“デート”、楽しかった…」
そういうと、イリヤくんはあたしのおでこにキスをした。
「…！！！？？？…」
「じゃあ、また…」
イリヤくんは、あたしが呆然としている間に、ＢＭＷに乗り込むと去って行った。
「…な、なによう……。」
なんてヤツ！　ほんとうに自分勝手で強引なんだからあ…！
…悔しい。あんなキザったらしいヤツなんかに…。あんなヤツなんかにドキドキさせられるなんて…。どうしてあたしの心臓、ドキドキが止まらないのよぅ…。

次の日の朝、学校に行ってみると、真帆子とみんくがなにやら騒いでいる。
「おっはよ〜」
「ああっ、叶花ちゃん、これ、観て見てぇ〜〜〜？？？」
みんくと真帆子が差し出したのは、スポーツ新聞だった。そこには、「イリヤ、女子学生と秘密のデート」と題したスキャンダル記事が載っていた。
「ねえねえ、この女の子の着ている服、どう見てもうちの制服だよねえ？」
その新聞の写真を観て、あたしはギョっとした。連れ去られる女の子の顔が車の中に隠れてよく見えなかったからよかったが、あきらかにこの写真は、あたしがドドバシの前でイリヤくんに連れ去られるシーンだった。
「一体誰なのかしら？　くやしぃ〜〜〜！！！」
真帆子は、髪をかきむしって悔しがっている。
…言えない。絶対にあたしだなんて言えない･･･。
「ま、まあ、誰だっていいんじゃないの？」
「まあ、間違ってもあんたみたいなパソコンオタクじゃないことは確かよね。」
そんなことを言う真帆子を見て、急にあたしはおかしくなった。正体があたしだって知ったら、どんな反応するかなあ？
「な、何がおかしいのよ？」
「いや、別にぃ…！」

その日の放課後、あたしは真帆子とみんくと一緒に帰った。
「真帆子ちゃん、今日はＪＡＧＵＮＮＡのベストアルバムが出てるんだよね」
「そうよ、みんく。絶対買わなきゃ。」
「叶花ちゃんも、ＣＤショップ行こうよ〜」
「叶花なんか誘ってもどうせ興味ないんでしょ？」
あたしは、ふと考えて言った。
「いいよ、つきあっても。」
「ふうん。あんたもつきあい良くなったのねえ」
あたしたちはＣＤ店に行った。
「真帆子ちゃん、あったあった」
「やった〜、無事ゲット〜☆」
二人がはしゃいでいる中、あたしも、そのＣＤを１枚手に取った。ケースには、ＪＡＧＵＮＮＡのメンバーの写真が入っていた。そこにいたのは、まぎれもなくイリヤくんだった。しかし、そのイリヤくんの顔は、昨日あたしが見た、ふつうの１８歳の少年としてのイリヤくんとは違った、アーティストとしてのイリヤくんだった…。
「あの、これ、ください…」
あたしはＣＤをレジに持って行った。
「ええ？　叶花ちゃんがＪＡＧＵＮＮＡのＣＤを？」
「ちょっと、叶花？　一体何の冗談？」
二人が信じられないといった眼であたしを見る。
「うん、ちょっとね、あたしもたまには気分を変えて…、ね。」

その日の夜、あたしはＪＡＧＵＮＮＡの歌を聴いていた。
…すごい。やはりイリヤくんは天才なんだ。
彼の歌声は、あたしの心にずんずん響いてきた。今までテレビとかでよく耳にした歌と同じはずなのに、なんだか今は、すごく違って聞こえてきた…。
ＣＤの全曲を聞き終わってイヤホンを外したとき、なぜかあたしの脳裏には、昨日の丘の上の喫茶店での二人っきりのコンサートのシーンが蘇ってきた。
「イリヤくん………」

ふとあたしは、電子メールが届いていることに気がついた。メールを開いて見た。

「さ来週の土曜日、また“デート”したい。時間を空けておくこと。イリヤ」

……もう。
相変わらず強引なんだからなあ…。
こうなったら、お仕置きしてやらなくっちゃ！
そう簡単にあたしが誘いにのると思ったら大間違いだぞ。
あたしはアッカンベーをしながら、返信メールを送った。

「もっと美味しいものを御馳走することが絶対条件！　叶花☆」


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は、はぅ〜！
全国のイリヤくんファンの皆様、ご勘弁を･･･。
何を血迷ったか、叶花ちゃんとイリヤくんを「デェト」させてしまいました…。

今回書いてみて思ったんですが、イリヤくんって、実にカッコいいですね♪　どんなにキザったらしくて歯の浮くようなセリフも、イリヤくんだったら全て許せちゃう。実にイリヤくんには、キザなセリフとポーズがよく似合う！　Ｍｉｎｋちゃんはじめ、多くの女の子たちが「撃沈」させられた理由もよくわかります。でも、絶対叶花ちゃんは「撃沈」しないだろうなあ…。とか、そんなことを考えているうちに、いつのまにかこんな血迷った作品を…。ああ、イリヤくんファンの皆様、カミソリ送りつけたりしないでね（苦笑）。

それにしても、またしても叶花ちゃん主人公…。
私の中の叶花ちゃんって、やっぱり甘系のせつないキャラになってしまってるんですね〜。
しかも、またしても「問題作」かもしれません。（爆）

というわけで、ついにイリヤくんの本格的登場でした。
「次こそ寝顔ですか？」という皆様の声が聞こえてきそう…（苦笑）。

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