Ｍｉｎｋの図書館♪（バックナンバーその８）
「アイドル・イリヤ」（２０００年１０月０２日ＵＰ）
お昼休みになった。
「みんく〜。お昼食べよ☆」
叶花がみんくのもとへ行くと…。
「イリヤイリヤイリヤイリヤイリヤイリヤ………∞」
例によっていつものごとく、違う世界にイッちゃっているみんくだった。
「…ま、いつものことだけどね〜」
叶花は半ばあきれたようにつぶやいた。
「さ、真帆子も、お昼だよん☆」
ふと真帆子の方を見た。
「イリヤイリヤイリヤイリヤイリヤイリヤ………∞」
まるでみんくが乗り移ったかのような真帆子がそこにいた。これには叶花もちょっとたじろいた。
「ちょ、ちょっと、おふたりさ〜ん…（汗）」
「ふぅ〜〜ん…。イリヤくんが、ドラマのロケ、ねぇ…」
叶花は、本質的にキョーミなしといった表情で、それでも真帆子とみんくの話を聴いていた。なんでも、この街でロケのため、イリヤが来るというシークレットな情報を、真帆子がアイドル追っかけ仲間から入手していたのだ。
「んで、どこでやるの？」
「並木のあるあの橋の近くの公園らし〜よ。当然トップシークレット♪」
真帆子が得意げに言う。
「ふ〜ん…」
叶花は、それ以上は関心がないのか、聞き流しながら、いちごミルクをすする。
「ね〜ね〜、叶花ちゃんも行こうよ〜」
みんくは叶花の腕を揺するようにしてせかすように言う。
「え…、その、キョーミないんだけどな…」
「たまにはい〜じゃない。きっとわくわくするよ〜。」
「う〜〜ん…」
「このところ、アイドルのお仕事忙しくて、みんなでどっか行く機会が少ないし〜。叶花ちゃんとも一緒に行きたいんだもん…」
その、どこか甘えたような、そして気のせいか少し寂しげな調子の声。叶花の心がちょっとチクンと痛む。
「う、うん…。まあ、どうせ暇だし…。しょうがないなぁ…」
放課後、３人は公園へ向かった。
「あ、れ…？？？」
公園には、ロケの影も形もない…。
「ロケなんてやってないじゃん…」
叶花が呆れ顔で言う。
「おっかし〜なあ…。確かにここでやるって話だったのにぃ？
ねえ、みんく。あんた、イリヤくんから最近何か聴いてない？」
真帆子が当惑したように言う。周囲には、同じようなイリヤのおっかけと思われる女の子たちが、やはりとまどったようにうろうろしていた。
「わかんないよぅ〜。ここんとこ、イリヤくんとお仕事では会ってないもん…」
みんくもがっかりしている。
「ふぅ、仕方ないね〜」
叶花は何気なく、しかしサッとノートパソコンを取り出すと、ネットに接続し、少しカタカタとパソコンをいじっていた。
「ふぅ〜む、なるほどぉ〜〜〜」
叶花は、パソコンの画面を真帆子とみんくの前に差し出す。
「どうやら、ここでやるっていうのは、ちょっとした情報操作らしいよん。ファンが来て混乱するのを避けるために、事務所側がガセネタ流したらし〜ね」
叶花が示した画面には、ネット検索の結果があった。
「ほら、このとあるイリヤファンページの掲示板の書き込み。この“ＫＥＩＫＯ”っていうハンドルネームのカキコがあるぢゃん。」
「うん…。」
「主要なイリヤファンページの掲示板のうち３０ほどをチェックしてみたんだけど、どうやらこの書き込みが、このロケ地に関する一番古い書き込みだね。しかも、この書き込みも読んでわかる通り、“最近噂になっている●●公園でのロケのことだけど･･･”というように、いかにも他から仕入れた情報のように書いて、信憑性を高めているわけよ」
「んで、このＫＥＩＫＯの正体は？」
「探りを入れてみたんだけど、これがたどっていくと実は、イリヤくんの事務所からの書き込みなんだな〜。」
叶花はさらに、画面を切り替えた。
「こ、これは…？？？？」
そこには、イリヤの本日のスケジュールが表示されていた。
「さっきのＫＥＩＫＯをたどっていったら、事務所のコンピュータにハッキングできたんだよん♪
さっすがあたし☆」
叶花は得意そうに言う。
「すっご〜〜〜い、叶花ちゃん、天才〜〜〜〜〜〜！！！！」
みんくは、キラキラお目目で感激したように叶花をみつめる。その視線が、叶花には心なしか眩しげに思えた。
「…え、えと…。まあ、この通り、どうやらとなり街の公園だね。ふふん、やはりおっかけ情報よりも、ネット情報の時代だよねっ☆」
真帆子に当てつけるように叶花が言う。
「…でもさあ、もとはと言えばそのニセ情報、インターネットによるものじゃん…？」
真帆子が、少ししらけたように言う。
「………………………………ぅ……」
凍り付いた叶花を尻目に、真帆子はみんくの腕を引く。
「さ、行こ！」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよぉ〜〜」
さっさと行く二人を、あわてて追いかける叶花だった。
本当のロケ現場へ行ってみると、そこには、真の情報を嗅ぎ付けてやってきた１０人くらいの追っかけの女の子たちがいた。
「うわ、やっぱり、わかる人にはわかるんだね〜。オタッキーだなあ…」
叶花が呆れたように言う。
「オタッキーっていう意味では、あんたと同類よ…」
真帆子がぼそっとつぶやく。
「な、なにおぅ？？？？」
バチバチ火花を飛ばす二人に、みんくはオロオロする。
「ま、真帆子ちゃんも叶花ちゃんも、ロケが始まってるよぅ〜〜」
あわてて３人は、ロケに見入った。
外野のファンたちのざわめきをよそに、現場では、すでにロケがスタートしていた。現在イリヤがレギュラー出演しているドラマだ。今回は主演ではないが、主役の男性のヒロインをめぐってのライバルという役柄で、かなり渋い役だ。
「…茉莉さん、僕はあなたをあきらめない…。あなたの本当のキスが欲しくなった…！！！」
役に扮したイリヤが言う。偶然ヒロインのほぼ背後の位置にいたみんくに、イリヤの視線が、セリフとともに向けられた。みんくは思わずドキっとなった。
そう、沖縄のロケ…。ドラマ「ＥＤＥＮ」のキスシーン。あの時イリヤはＭｉｎｋの唇を奪わなかった。
「………Ｍｉｎｋちゃんの本当のキス、欲しくなった…」
あの時のイリヤの言葉は一体何を言いたかったのだろう？
「イリヤくんが、あたしのキスを…」
みんくは、思わずぼーーーーっとなった。
「きゃっ、イリヤくんってば、迫真の演技☆
かっこいいかっこいいかっこいい〜♪」
真帆子がきゃ〜きゃ〜とはしゃぐ。その言葉にズキンとなるみんく。
「…演技…。そうだよね、今のは演技だよね…。あの時あたしに言ってくれた言葉も、演技だったのかな…？？」
でも、演技であんなことを言うだろうか？
「イリヤくん、役になりきっちゃうし…。あのセリフ、台本にはなかったけど…。でも、役になりきっちゃって、アドリブで言っていたのかな…？」
役になりきって言ってれば「エミリのほんとうのキス」って言うはずだ。しかし、あの時のイリヤは、確かに「Ｍｉｎｋちゃんのほんとうのキス」と言った。
「でも、でも…、イリヤくんがあたしなんかに…」
みんくは、考えがまとまらなかった。イリヤの真意をはかりかね、不安な気持ちが強くなる。
「もしも、イリヤくんの言葉が本当だとしたら…。先輩…、あたし、どうしたらいいの…？？？」
その時だった…。
「どうも、遅れてすみません…」
聞き覚えのある声がした。
（この声は？？？）
突然ドキリとなるみんく。
「じゃあ、有香、しっかり頑張るんだぞ。せっかくのドラマのロケだからな…。」
「は〜い、有香、頑張っちゃう〜♪」
もう一人、聞き覚えのある声だ。
「…あれは、モッくん？ 有香ちゃんの付き添いだね？」
真帆子の指差す先には、モトハルと有香がいた。
（…どうして？ どうして先輩が有香ちゃんとここに…？？？）
みんくは、当惑を隠せなかった。
有香は、ドラマのロケに入った。初めてということで、チョイ役らしい。あれから３０分ほどの撮影で、ロケは終了した。
「な〜〜〜〜んだ、もう、まったくぅ！ モッくんはここでロケあるって知ってたんだ☆ こっそり教えてくれてもよかったのにね〜」
真帆子がふくれっ面で言う。
「…あたし、聞いてない…。」
みんくがぼそっとつぶやく。
「え？」
「あたし、聞いてないの…。有香ちゃんがロケだなんて…。先輩、一言も教えてくれなかった…」
みんくの声は震えていた。
「みんく…？ あんた…」
心配そうに、叶花はみんくをのぞきこんだ。
「先輩、あたしに秘密にしてたんだ…。あたしの知らないところで、有香ちゃんと…」
みんくの声が、震え声から涙声に変わっていく。
「…そ、そんなことないよ…。きっと、鳥海先輩、忙しくて伝える暇なかったんじゃないの？」
叶花は慌ててみんくを慰めるように言う。
「やあ、君たち、Ｍｉｎｋちゃんのお友達だね？」
突然、親しげに声をかけて来たのは、イリヤだった。
「…きゃっ、イリヤくん！」
真帆子はすっかりお目目がハートだ。
「イリヤくん…。」
普段Ｍｉｎｋとして見ているはずのイリヤだが、「白石みんく」としてイリヤを間近で観たことがなかったみんくは、思わず、叶花の後ろに隠れてしまった。
「いつも見ているはずなのに…。どうして…？ どうしてこんなにドキドキしちゃうのよぅ…」
みんくは心臓がバクバク鳴って、今にも気絶しそうだった。
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…∞」
みんくが真っ赤になって叶花にしがみついていると、イリヤはみんくの存在に気がついたように声をかけてきた。
「おや？ そっちの娘は見慣れない娘だね。キミもロケを観に来てくれたのかい？」
イリヤはそう言うと、笑顔をみんくに向けた。
「…は、はい、その、あの…。いつも、テレビ、見、見てますぅ…」
消え入りそうな小さな声で、真っ赤になりながらつぶやくみんく。
「ありがとう！ キミみたいな素敵なおんなのこに応援してもらえるなんて、すごく贅沢だな！」
そう言うとイリヤは、みんくの手を不意にとると、その手の甲にキスした。
（い、い、イリヤくんが？？？？？ イリヤくんが、あ、あ、あたあたあたあたあたあたあたしにキスキスキスキスキスキスキスキス…）
みんくは、目を回して倒れてしまった。
「うわっ！！！？？？？」
叶花は真っ青になって、崩れ落ちるみんくの身体を抱きとめる。
「ちょっと、大丈夫！？ しっかりぃぃぃ？？？」
叶花はしきりにみんくを介抱する。
「おいおい、イリヤ、またおんなのこ気絶させてるのかい？」
呆れたように、イリヤのマネージャーがつぶやく。
みんくが気がついたとき、叶花が心配そうにみんくの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫？」
「アレ？ イリヤくんは？？？」
「もうどっかに行っちゃったわよ。もう、心配させるんだからあ」
叶花の介抱で、ほどなくみんくが起きあがった時だった。
「おいおい？ お前たち？ 騒々しいけどどうしたんだ？」
モトハルが、ざわめくイリヤたちの方にやってきた。
（…先輩…？）
みんくは、モトハルの姿を見ると、突然胸がズキンと痛んだ。
「おやおや？ 白石さんも、ここに来てたのか？ 転びでもしたのかい？」
そう言いながら、モトハルは、みんくに手を差し伸べた。
「あ、あたし、大丈夫ですから…。」
みんくは、モトハルの手を無視して、さっと立ちあがった。
「そ、そうか？ それにしても、顔が赤いぞ。大丈夫かい？」
モトハルは、みんくの額に手を当てようとした。
「い、いやっ！！！！」
みんくは、思わず、その手を振り払ってしまった。
「…し、白石さん？？」
当惑したようにみんくを見るモトハル。そのモトハルの表情に、みんくは思わず青ざめる。
（…先輩は、あたしを心配してくれただけなのに…。それなのに…。）
みんくは顔を覆うと、突然その場から走り去ってしまった。
「み、みんくっ！？」
「白石さん…」
叶花、真帆子、モトハルは、呆然としてたたずんでいた。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿…。あたしの馬鹿…。先輩は単にあたしを心配してくれただけじゃない…。それなのに…」
みんくは、べそをかきながら、どこともなく走っていた。
ある交差点で路地に飛び出した時だった。
「キキキキキキーーーーーーー−−ッ！！！！！！！！！」
突然一台のＢＭＷがみんくの前で急停止した。
「きゃっ！！」
危うく轢かれそうになったみんくは、へなへなとその場に座りこんでしまった。
「…危ないなあ…。そんな若さで君は天国に行くつもりかい？」
そう言って出てきた車の運転手は、みんくの前に立つと、おや？という顔をした。
「…きみは、さっきの…？」
なんだか聞き覚えのある声に、みんくは顔をあげた。
「あっ…、い、イリヤくん…？？？」
みんくは、途端に顔が真っ赤になった。それはイリヤだったのだ。
「君はさっき、急にいなくなっちゃった娘だね…。大丈夫かい？」
そう言うと、イリヤはみんくを抱きかかえた。
（い、イリヤくんが、ど、どうしようどうしようどうしよう…∞）
突然イリヤに抱きかかえられて、みんくは頭がパニックだった。
「大丈夫かい？ 立てるか？」
「あ、あの、その…」
「なんか、具合悪そうだな…。ちょっと休んだほうがいい。うちへおいで…。」
そう言うと、イリヤはみんくを助手席に乗せると、走り出した。
（ええええええ？？？？ イリヤくんに、イリヤくんにあたしったら…。ど、ど、どうなっちゃうの？？？ イリヤくんのおうちイリヤくんのおうちイリヤくんのおうちイリヤくんのおうち…∞）
もうすっかり「違う世界」へいきまくっているみんくだった。
（こ、ここが…？？？？？？？？ イリヤくんのお部屋…？？？？ ど、どうしよう…？？？）
みんくは、イリヤの部屋で硬くなったままだった。いくら憧れているイリヤの部屋とはいえ、男の人の部屋に入るなんてみんくには経験のないことだった。
（あたし、一体、どうなっちゃうんだろう…？ まさか、イリヤくん、怖いことしないよね…？）
男の人の部屋で、二人っきり。ちょっと怖くなって、みんくは少し震えていた。
「さ、これを飲んで！」
イリヤは、台所から、飲み物をもってきた。お茶のような感じだった。
「あ、ありがとうございます…」
みんくは、飲み物を飲んだ。
「これは、“ＳＹ：Ａ”…？？？」
みんくは思わず叫んだ。
「そう、ＭｉｎｋちゃんのＣＭでおなじみのブルーベリーティさ。」
「この紅茶、美味しいですよね…」
「ああ、それに、ＭｉｎｋちゃんのＣＭもすごくいいしね。」
そう言われて、みんくはまたドキドキしてきた。
（イリヤくんが、あたしのＣＭを観てくれてる…）
みんくはまた顔が赤くなってきた。
「Ｍｉｎｋちゃんと言えば…。君って、偶然にも名前が“みんく”っていうんだね？」
イリヤのその言葉に、みんくはビクっとした。
（ま、まさか、正体がバレちゃった…？？？？）
頭が混乱するみんくに、イリヤがみんくにパスケースを差し出す。それは、みんくの身分証明書が入ったパスケースだった。
「別に詮索するつもりはなかったんだけど、さっき君がこれを落としたからね、つい名前が見えてしまったんだ。珍しいし、アイドルのＭｉｎｋちゃんと名前が同じだから、つい印象に残ってたんだ。ごめんね。」
「いえ、そんな、あたしこそ、急に飛び出したりして、すみませんでした…。」
みんくは内心ほっとした。正体がバレたわけではなかったのだ。
「そして、すまなかったね。君を介抱するためとはいえ、勝手に男の部屋なんかに連れこんだりして…。怖がらせたのなら、謝るよ。」
そう言ってイリヤは、やさしい笑顔をみんくに向けた。
（い、イリヤくん、かっこいい…）
みんくは、さらに顔が真っ赤になった。
（…でも、イリヤくんは最近じゃ見慣れてるはずなのに、どうして今はこんなにイリヤくんにドキドキするの…？）
みんくは、自分の心理状態に、とまどいを感じていた。
「そうそう、さっきのロケ、今度やるドラマのロケなんだ。見に来てくれるなんて、とても嬉しいな。」
イリヤは、そう言うと、さらにやさしく笑った。
「…あ、あの、ロケに勝手にお邪魔して、すみませんでした…」
「おや？ なぜ謝るんだい？」
「だって、あたしたちみたいな追っかけみたいなのって、御迷惑でしょう…？」
「ははは！ 特に撮影の邪魔じゃなければ、オレは構わないさ。スタッフ連中がどう思ってるかは知らないけど、オレはもっとファンのみんなと仲良くしたいしね」
イリヤがそう言って微笑む。イリヤが微笑むたびにみんくはどぎまぎしてしまう。
（…いつもイリヤくんは見なれているのに、どうして…？）
みんくは、ドキドキを誤魔化すために、半ばわざとドラマの話題に話を振った。
「あのドラマ、茜有香ちゃんも出てるんですね？」
「茜有香？ ああ、あの、新人の女の子？」
「ええ。可愛い子ですよね☆」
「確かに可愛いけどね。でも、まだまだ知名度はこれからだなあ。今日のロケだって、急遽出演が決まったみたいだしね。」
そう言うイリヤの言葉に、みんくは心が痛んだ。
（…そうか…。急遽仕事が決まったんだよね…。先輩があたしに教えてくれてないのはそのためだったんだ…。それなのに、あたしったら…）
一方的にモトハルを責めてしまったことに、みんくは心が痛み、沈んでしまった。
そんなみんくの沈んだ表情を、イリヤは少し神妙な顔をして見た。
「おっと、そうだ、せっかくだから、御馳走しよう！」
そう言いながら、イリヤは何気なく台所に行った。みんくがキョトンとしているうちに、やがてイリヤは、何やら料理を運んできた。
「よかったら食べるといいよ。ちょっとしたトーストだけどね」
それは、食パンにチーズや具をのせて作ったピザトーストだった。
（イリヤくんの手料理イリヤくんの手料理イリヤくんの手料理イリヤくんの手料理…∞）
さらにパニックになりながらも、トーストをみんくは口に入れた。
「お、おいし〜〜〜〜〜〜い☆」
みんくは、感激して叫んだ。
「ふふ…。自炊してるからねっ♪ 料理はわりとできるんだ。まあ、これは料理っていうほどのものじゃないけど。」
みんくが食べる姿をみながら、にこにこと微笑むイリヤ。みんくは、感激して一気に食べてしまった。
「ねえ、もしよかったらさあ…」
イリヤは、そう言いながらみんくのそばにやってきて、手をとった。
（い、イリヤくんが、あたしの手を…）
みんくはまたしても顔が真っ赤になった。
「…もしよかったら、今夜、空いてる？」
イリヤは、みんくの眼を見つめながら言う。
「こ、今夜…、ですか…？？？」
「もしよかったら、これからちょっとつきあってくれないかな…？ きっと素敵な夜をすごさせてあげるよ。」
そう言うと、イリヤは、みんくの手をひいて、外に連れ出した。
（…今夜って…？？？ 一体何を…？？？？）
イリヤに手を引かれながら、再び頭がパニックになるみんくだった。
イリヤはみんくを再びＢＭＷに乗せると、走り出した。
（あ、あたし、今度はどこに連れて行かれちゃうんだろう？）
車の中で、みんくは再び心細くなってきた。イリヤは、そんなみんくを意にも介さず、涼しい表情をしている。きょろきょろと不安げにしていたみんくは、ふと、車内にあるＣＤに気がついた。
（こ、これは、あたしの…）
それは、「Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ」のＣＤだった。
「ああ、ＭｉｎｋちゃんのＣＤだね。自分でプロデュースしておいて言うのもなんだけど、歌もすごくいいし、このジャケットの写真もすごく可愛いよね。プロデューサーとして、オレもＭｉｎｋちゃんのヒットは鼻が高いよ♪」
そう言いながら、イリヤはチラっとみんくを見てつぶやいた。
「…ふふ、君はＭｉｎｋちゃんに似ているね…。」
何気ないようなイリヤの一言だったが、みんくはドキンとした。
（……し、正体が、ば、バレちゃう…？？？？？）
みんくは再び混乱して、オロオロした。
「Ｍｉｎｋちゃんに似てるって言われて、はにかんでるんだね？ …ふふふ。そういうすぐ赤くなる可愛いとこ、そっくりさ」
イリヤはイタズラっぽく笑った。
「Ｍｉｎｋちゃんってさ。すごく内気な娘なんだよね。すぐ赤くなるし、人前ではにかんでもじもじするし…。そういうＭｉｎｋちゃんの可愛いところが、なんか君って似てるなあって…。」
さらりと言ってのけるイリヤ。
（正体がバレたわけじゃないんだよね…）
ちょっとホッとしたが、「可愛い」と言われたみんくは、さらにドッキドキであった。
「でもね、あんな内気なもじもじした女の子が、ステージに出ると、途端に変わるんだ…。」
イリヤは何気に真剣な声になっていた。
「ステージのＭｉｎｋちゃん、ドラマのＭｉｎｋちゃん…。あの娘は、普段のもじもじした内気な女の子から、天使に変身する。」
イリヤの熱い語りに、もうみんくはのぼせあがっていた。
「まぶしい輝きを放つ天使に変わるんだ。眼が眩むくらいにまぶしく…。」
イリヤは、力を込めて、言い放った。
「オレは…。Ｍｉｎｋちゃんの、ほんとうのキスが欲しい…」
傍で聞いているみんくは、もはやパニックを通り越してとっくに気絶していた。
外はかなり暗くなっていた。
みんくを乗せたイリヤのＢＭＷは、とある建物についた。
「さあ、ここだよ。今から２時間くらいなんだけど、つきあってくれる？」
そう言いながら、イリヤはみんくの手を引く。
「…あの、ここ、どこ…なんですか…？？？」
みんくは、どこに連れて行かれるのか不安で、おどおどしていた。
「あれ？ 宣伝不足かなあ？ 今日はこれから、半ばゲリラ的にライブをやるんだよ。ぜひ、“特等席”で観てて欲しい。」
そういえば、今日は突如イリヤのライブがあるらしいと真帆子が言っていたのを、みんくは思い出した。
「さあ、こっちだ。」
イリヤは、みんくの手を引いて、建物の中に入る。
「よう！ 遅いぞ、イリヤ！ …あれ？ その娘は？？？」
ＪＡＧＵＮＮＡのギタリストが、みんくを見て怪訝そうに尋ねる。
「オレの今日のデェトのお相手。」
「デェトだぁ？」
「“特等席”にこの娘を案内するのさ。」
「はあ？ 特等席？ なんだそりゃ？」
よくわからんといった顔で、ギタリストが首をかしげる。
イリヤは、ＪＡＧＵＮＮＡのメンバーとともに、みんくを率いて、ステージへと向かった。
「…あの、あたし、どこへ…？」
「ふふ、特等席さ…。」
そう言いながら、みんくは結局、ステージのソデまで連れてこられてしまった。
イリヤは、そこにあったパイプ椅子を持って来て、ステージが眺められる位置に置いた。
「さあ、そこで、オレのライブを見てろ！」
そう捨てゼリフをのこし、イリヤはＪＡＧＵＮＮＡのメンバーとともに、ステージへ飛び出して行った。
「こ、こんな間近で…？？？？」
みんくが戸惑っている間に、みんくの目の前では、夢のような光景が繰り広げられていた。いつもはブラウン管だけでしか見られない、ＪＡＧＵＮＮＡの、イリヤのステージが、こんなに間近で…。
「イリヤくん…。素敵…。」
あまりの感激に、みんくは眼からいっぱい涙を流しながら、いつしか気絶してしまった。
「…ふふ、どうだった？ オレのステージは？」
ライブが終わった帰り道、ＢＭＷの中で、イリヤはみんくに尋ねた。
「…はい、最高でした…。あんなに間近でみられるなんて…。」
みんくは、まだ感激の涙をちょっと浮かべながら、イリヤに答えた。
「これで、元気が取り戻せたかな？」
「え？」
「さっき、妙に落ちこんだり、悲しそうな様子だったからね…。」
イリヤは、やさしくみんくを見つめた。
「察するに、彼氏と喧嘩でもした…。そんなところかな？」
ズバリ指摘されて、みんくはドキンとした。
（イリヤくん…。お見通しだったんだ…。）
急に頭にモトハルの顔が浮かび、みんくはドキドキしてきた。
（「彼氏」…。やだ、あたしってば、意識しすぎ…）
みんくの表情が思わずほころんだのを、イリヤは見逃さなかった。
「もし、今日のオレのライブで、君が元気になれたらいいんだけど…。彼氏とは仲良くするんだぜ？」
そう言って、イリヤはイタズラっぽく笑った。イリヤのその顔を見て、なんだかみんくは少し嬉しくなった。
「…はい！ あたし、元気が出ました…。ありがとうございました…。」
みんくは、ニコリと笑って答えた。
「…うん。その笑顔、いいね。初めて明るい笑顔を見せてくれたね！ やっぱり思った通り、君の笑顔は素敵だったね。」
そう言いながら、イタズラっぽく笑うイリヤ。そのイタズラっぽい表情は、みんくが“Ｍｉｎｋ”として仕事で接する時に見るイリヤの表情だった。そして今、「素敵」と言われたのに、みんくはさほどドキドキしなかった。
（…そうか…。見なれているはずのイリヤくんに今までドキドキしてたのは、イリヤくんがあたしに“アイドル”の顔を見せてたからなんだ…）
みんくは、ようやくそこに気がついて、だんだんホッとしてきた。みんくが今落ちついているのは、仕事でいつも見るイリヤの表情になっていたからだったのだ。
（イリヤくんはあたしにずっと“アイドル”としてサービスしてくれたんだよね…。あたしが元気無いのを知って、あたしを元気づけようとしてくれて…）
みんくの家の近くで、イリヤはみんくを下ろした。
「じゃあ、気をつけてね」
「今日はありがとうございました」
「また、コンサートとかロケとか、来てくれよな」
そう言うと、イリヤはみんくのおでこにキスをして、走り去って行った。
（い、イリヤくん、やっぱり、素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵素敵…∞）
みんくがクラクラしていると、そこへ、叶花たちがやってきた。
「みんく〜〜〜〜〜〜〜！！！」
叶花と真帆子、そしてモトハルだった。
「心配したんだよ、急にいなくなるんだもん」
「…あ、ごめんなさい」
「そうだよ。モッくんだって、心配してずっと探してくれたんだから。」
モトハルが、真帆子の後ろで頭を掻いている。
「いや、その、オレは…だな…」
そんなモトハルに、みんくは胸が一杯になった。
「せ、先輩…。ごめんなさい…」
真っ赤になってうつむくみんく。それをみて、ちょっとどぎまぎするモトハル。
「いや、その、無事でよかった…。」
そんなふたりを置き去りに、真帆子と叶花は、そっと遠ざかっていった。
「二人っきりに…」
「…ね☆」
一方のモトハルとみんくは、みんくの家の方に向かっていた。モトハルが、送っていくと言い出したのだ。
「ところで、どこへ言ってたんだ？」
それを聞かれて、ちょっとドキドキするみんく。
「えっと、とてもいいとこです。」
「いいとこ？ どこだよ？」
「それは…、秘密ですっ☆」
そう言って、舌をペロっと出すみんく。
「えーーー？ 教えてくれてもいいじゃない？」
「だめーっ！ おしえなーい！」
「気になるじゃないかあ？ ねえ、白石さんってばあ？」
困惑したようなモトハルを尻目に、みんくはイタズラっぽく笑った。
（だって、今夜のイリヤくんは、あたしだけのアイドルだもん…。なんちゃって☆）
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ひさびさに小説をアップしてみましたが、いかがでしたか？
今回の作品は、みんくちゃんとイリヤくんをお付き合いさせてみようという発想から書いてみました。普段みんくちゃんは「Ｍｉｎｋ」として仕事でイリヤくんと会っているのですが、「みんく」としてアイドルのイリヤくんに接した場合どうなるのか？ そこに興味を持って書いてみました。
イリヤくんにしても、Ｍｉｎｋちゃんの前では結構変な側面も見せるけど、ファンの女の子の前では、きっとまた違ったスターとしての面を存分に発揮するに違いない…って思って書いてみました。
今回の作品、特に「問題作」的な要素は無いですねえ。もしかして初めてかも？（笑） まあ、今回の話はみんくちゃんがあくまで主役ですので、みんくちゃんに純粋にいい思いをしてもらおうかな〜とか思いました。ここんとこモッくんとのすれ違いで、みんくちゃん泣いてばっかりですから、せめて小説ではみんくちゃんがしあわせ気分になれればいいな〜って思いました。
では、次回作も頑張ります〜☆