Ｍｉｎｋの図書館♪（バックナンバーその９）

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「ＩＬＬＩＹＡ」〜イリヤ完全主役小説〜（２０００年１０月１４日ＵＰ）


「ジリリリリ…」
目覚まし時計が鳴った。６時だ。しかし、まだ眠い…。オレは少し顔をしかめた。だが、朝というものは重要な一日のスタート…。このオレの、この「Ｉｌｌｉｙａ」の朝のスタートだからこそ、せっかくだから気持ち良くキメたいものだ。オレは思い切って上体を起こす。朝日がやけにまぶしい。チュンチュン鳴くすずめにむかってオレは半ば独り言のように語りかけた。
「おはよう…！。さわやかな朝だね！」
…こんなセリフは実はウソだ。夕べも仕事で遅く、はっきり言って眠い。しかし、このオレには、眠気丸出しの表情は似合わない。たとえ死にそうなくらい眠くても、オレはオレ自身のために、さわやかな朝をプロデュースしなくてはならない。たとえそれが虚勢であっても、オレは「Ｉｌｌｉｙａ」としてのイメージを維持しなければならない。辛い。はっきり言って辛い…。しかし、これがオレに与えられた使命なのだから。辛いが、決して嫌ではない。

ふと傍を見ると、壁にはＭｉｎｋちゃんのポスターが貼ってある。「Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ」の宣伝ポスターだ。この宣伝ポスターは、この歌の作曲とプロデュースを手がけたオレが全面的に演出した力作…。衣装・背景・小道具・メイク等の指示も、そして撮影も、全部オレが手がけた。このポスターの出来は最高だ！ いや、最高以上だ！！ オレの抱くＭｉｎｋちゃんのイメージを超えた魅力がポスターに再現されたとき、オレは自分でも正直言って体中が震えまくった。聞くところによると、駅張りのこのポスターが全国で次々に盗まれているらしい。それだけこのポスターが素晴らしいということ。当然だ！ Ｍｉｎｋちゃんという最高の題材をもとに、このオレが創ったポスターなのだから！！ それでも、盗まれているという事実はあまり好ましくないので、苦笑せざるを得ない。
花を抱き白いドレスをまとったエンジェル、もといＭｉｎｋちゃんがオレの目に眩しく写る…。そのあまりの眩しさに、オレの眠気は一気に吹き飛んだ。
「おはよう！ Ｍｉｎ……」
言いかけてオレはハッとした。暑かったので、オレは昨夜は何も身に纏わずにベッドに入ったのだった。こんな姿を、たとえポスターとはいえ、Ｍｉｎｋちゃんの前にさらすとは、とんでもないミスをしでかしたものだ…。このオレの行為としては、極めて許し難い行為だ。オレはトランクス、Ｔシャツ、ジーパンを急いで身につけると、あらためてＭｉｎｋちゃんに語りかけた。
「おはよう！ Ｍｉｎｋちゃん！！ さっきは極めて失礼なことをしたね…。お詫びに、今日はプレゼントを必ず用意していくよ！！」
語りかけると、オレは、ポスターのＭｉｎｋちゃんのほっぺにキスをした。ポスターとはいえ、Ｍｉｎｋちゃんの唇は強引に奪うわけにいかない。オレはあくまで、Ｍｉｎｋちゃんからの「本当のキス」が欲しいのだから…。

昨夜干しておいた洗濯物を取り込むと、さっさとたたんだ。毎日マメに洗濯していれば、１日の洗濯物は大した量にはならない。洗剤は「ア●エール」を使っている。次に、洗顔と髭剃りをまずは済ませる。オレはカミソリで髭を剃る。剃りの深さ、キメの細かさでは、シェーバーよりもカミソリが有効だ。そして朝のシャワーを浴びると、オレは朝食を作り始めた。周囲の連中は洋食派が多いが、硬派なオレはプライベートでは和食派だ。もちろん洋食も夕食ではよく食べるが、自炊の朝食は必ず和食と決めている。煮干しと昆布でダシをとり、味噌汁を作る…。今日の具は刻んだ豆腐。インスタント味噌汁なんて安易なものに頼るつもりはない。味噌汁はあくまでダシから自分で取るものだ。味噌汁が出来上がった頃、御飯が炊けた。都会のマンションではまさか炭火で炊くわけにはいかないが、炭を入れたり、アルカリイオン水を使って炊くなど、薫り高く炊けるよう工夫している。米は宮城に住むイトコのユリの実家が送ってくれたササニシキ。宮城米といえば、最近はひとめぼれが人気があるが、硬派なオレのこだわりはあくまでササニシキ。そういえば、夕べ作ったひじきの煮付けがまだ冷蔵庫にあったので、それも取り出してレンジにかける。ひじきもユリの実家が送ってくれた。宮城は海産物でも有名なところだ。御飯と味噌汁、ひじき煮、白菜の漬物、そして、納豆。オレは冷蔵庫からネギを出すと、細かく刻んだ。ちなみに納豆は、当然だが茨城の知り合いに送ってもらったワラ入りの水戸納豆。ネギは京都ネギ。やはり美味しい米にはネギ入りの美味しい納豆がよく合う。カツオだしのタレでネギを混ぜて溶いた納豆を御飯にぶっかけると、オレは御飯をほおばった。…美味い！ 最高の素材をこのオレが調理したのだから、当然だ！！ 朝の活力の源となる朝食は、やはりこうでなくては…。納豆御飯には味噌汁が良く合う。ひじきの煮付けがまたヘルシーで美味い。オレはイッキに食事を平らげた。

「ご馳走様…。おかげでオレは今日も一日元気でいられる…」
食べられてくれた食材に感謝の意を表した。食べ終わったら、速攻で食器を洗う。バンドの連中には、汚れた食器がうずたかく台所に積みあがっているような汚い部屋に住んでいる奴もいるが、やはり台所は常に綺麗にしておきたいものだ。なんたって、このオレの台所なのだから！ 最近愛用の台所用洗剤は「チャー●ーグリーン」だ。
改めて歯を磨き、髪を整える。歯磨きには生協で売っている研磨剤無添加の歯磨き粉を使用している。この歯磨き粉を最小限に使用すれば、歯への影響もほとんど無いし、汚れがもっともよく落ちる。歯は５分間かけてしっかり磨く。歯間や歯と歯茎の境目は特に要注意だ。糸楊枝を取りだし、丹念に歯間の汚れを落とす。虫歯はこの１８年間１本も無い。やはり白い歯がこのオレには相応しい。最近、親知らずがほんの少しだけ出て来ているが、入念に歯磨きをして虫歯を防止すれば、まだ当分抜く必要は無いだろう。
そして、整髪に関しては、最小限の整髪料を使う。いたずらに整髪料を使用するのは髪には良くない。髪の汗臭さを消すために、最低限の整髪料を使う程度だ。
さて、身だしなみは整った。時計は７時半を指している。まあ、今日の最初の打ち合わせは８時半からだから、どうにか間に合うだろう。オレはパソコンのスイッチを入れた。オレが最近知り合ったガールフレンドの一人が、やたらにパソコンに詳しいオタッキーな娘で、その娘の勧めで買ったこのパソコンはすこぶる性能が良い。メールチェックをする。６件ほどメールが入っていた。バンド連中からの野暮なメールだ。さっと読み流した。
メールのチェックを終えパソコンの電源を落とすと、部屋に掃除機をかける。朝と晩、２回は掃除するようにしている。毎日マメに掃除していれば、さほど時間がかからない。このオレの部屋なのだから、常にさっぱりした部屋にしたいものだ。
掃除が終わると、オレはマンションを出た。ベンツを運転して、まずは事務所へ…。この若葉マーク、規則とは言え、早いとこ外したいものだ…。

事務所に着くと、バンドの連中は既に来ていた。時間は８時２３分。もちろん遅刻ではないが、オレが最後だったようだ。
「遅いぞ、イリヤ」
にやけながら連中はオレを茶化す。相変わらず寝癖の抜けない連中だらけだ。
「遅くはない。６分２６秒の余裕を持って着いた。さ、打ち合わせだ」
オレは今朝キメてきた髪をかるく書き上げながら、ミーティングルームへ向かった。連中もだらだらとついてくる。普段の生活は結構いいかげんな連中だが、オレにとっては気が置けない間柄で、頼もしい仲間だ。しかし、もうちょっとシャキっと普段から歩けないものだろうか？　ファンの前ではキメるんだから、普段ももうちょいちゃんとしてほしいものだが。
マネージャーその他スタッフとの打ち合わせに入る。コンサートツアーとニューアルバムの打ち合わせだ。今のマネージャーの宮ちゃんこと宮田は、オレたちがデビューして２人目のマネージャーだが、実に気が合う。かつてオレが「百億の月」をシングルで出したいと言い張って関係者ともめた際、宮ちゃんはオレの気持ちを精一杯代弁しながら間に立ってくれた。結局「百億の月」はバンドのシングルでは出せなかったが、Ｍｉｎｋちゃんのプロデュースをしたいとオレが言い張った時には、宮ちゃんのおかげで実現できた。
「なあ？ “百億の月”をアルバムに入れるのかい？」
スタッフの一人、中島が疑問符を投げかける。
「ああ。バード・ミュージックの鳥海君の了解は取ってある。オレとＭｉｎｋちゃんのデュエットバージョンだ。同じ“リアル・レコード”だから問題ない」
「しかし、ロックを売りにしているＪＡＧＵＮＮＡのアルバムに、バラードチックな“百億の月”はちょっとなあ…。いい曲なのは認めるけどねえ」
「オレたちはバラードも最高の作品を演出できる。シングルは当分ロックで行くにしても、アルバムではバラエティに富んだオレたちの力をもっとデモンストレートする。今回のアルバムには、他にもバラードを入れる」
そんなオレの主張に中島が顔を歪めると、宮ちゃんが意見を言う。
「ＪＡＧＵＮＮＡは、ロックンロールだけが売りではないということもそろそろ明確に示すべきでしょう。イリヤのバラードの実力は、もはや皆さんもわかっていることでしょうし、ファンもＪＡＧＵＮＮＡの様々な面を望んでいるのは明らかです」
「ふ〜む、しかしねえ」
「以前ならばともかく、Ｍｉｎｋのプロデュースという実績がある現在ならば、今が新たなＪＡＧＵＮＮＡをアピールするチャンスではと…」
「う〜ん、まあ、確かにそういえばそうなんだがね〜。」
宮ちゃんがオレと中島の間に立ってくれたおかげで、議論が並行線をたどらずに済みそうな気配だ。
「もちろん、あんたの言う通り、アルバムそのものはロックンロール中心で行くさ。」
オレ自身も、中島に対してすかさずフォローを入れた。
「今回１０曲出すが、７曲はロックで行く。ＪＡＧＵＮＮＡにとって、ロックはもっとも得意分野だから。今回はさらにノリにノッたロックンロールをぶっ放すつもりだ。」
そう言うと、中島の顔にも納得の表情が浮かぶ。中島だって、オレたちの成功を願っているからこそ意見してくるし、中島の言う通り、オレたちの力が一番発揮できる分野がロックであることは確かなのだ。もちろん、オレ自身にだって、ロッカーとしてのアイデンティティが強くある。
「ふっ…、今回のアルバムの１曲目は、今までに増していきなり燃えまくるハードロックだ…」
観客の熱い声援が聞こえてくる。
「行くぜっ！　Come on, Here we go !!!」
エレキの響きと共に、オレの歌声が会場にこだまする。
「キャアーーーーーーー！！！！！」
最前列の女の子達が絶叫する。その絶叫のビートに乗って、俺は歌いまくる。
「…ふっ！！！　オレたちはHardrockerの革命軍だぜっ！！！」

ＷｏｗＷｏｗ……。
俺のＲｏｃｋｅｒとしての熱いソウルが騒いでいる。
手渡されるマイク。こいつに俺の全てをぶつける。
ＷｏｗＷｏｗ……。
聞け、俺の歌声を！俺のシャウトを！
そして、俺達は心を一つにするんだ。
ＷｏｗＷｏｗ……。

…そうだ！　この日本の、いや、世界のRockの革命をオレたちは担う「問題児軍団」だ！！　とことんRock界を荒らしまくり、歴史を新たに創り出してやるぜっ！！！　さあっ、観客たちよっ！！！　今こそオレたちＪＡＧＵＮＮＡと共に、世界を革命する力をっ！！！！

「…おい、イリヤ、イリヤ…？？」
誰かが話しかける。
「黙っていてくれ…。オレは今、Ｒｏｃｋの革命軍の旗を掲げて立ち向かっているんだ！」
「革命だか田中●栄だか知らないが、イリヤ。ソフトクリームがとけてるぞ」
オレはハッとして我に帰った…。仲間の声で現実に引き戻されたオレが、さっきからマイク代わりにしていたのは、手渡された差し入れのソフトクリームだった。
「ふっ…」
オレはそのままソフトクリームをぺろりと舐めた。ん？　このアイス、なかなかに美味しい。ジャージー乳製か？
「ふぅ、とりあえず、アイスでしあわせ中…ってのも悪くないな…」

さて、レコーディングのため、オレたちはリアル・レコードへ移動した。ほとんどの曲の譜面は出来ているので、オレたちは１週間くらいまえからスタジオに通って、レコーディングを進めていた。アルバム制作は、何度も音を録り、それを慎重に吟味していく。一度歌ったからといって、終わりではない。
「ノリに乗ってるな？ イリヤ？」
バンドの連中が、収録の合間に声をかけてくる。
「オレのノリは常に最高だぜ」
「今日はいつもよりさらにノリがいいんじゃないか？」
「そうかな？ ふふ…」
確かに、今日のオレはノリにノッている。夕方からＭｉｎｋちゃんと一緒の仕事が入ってくるからか？ いや、それだけじゃないな…。
そうか…。今日のスタジオは外から見える公開スタジオ。リアル・レコードは何を考えたか、ビルの１階に最近外からガラス越しに中が見える公開スタジオを作り、交代で所属のアーティストをそこでレコーディングさせていた。ファンたちに自社のアーティストの生レコーディング場面を見せようということなのだろう。ガラス越しには、オレたちのレコーディングを見ようと、ファンの娘たちがたくさん集まっている。ファンの視線が、オレのＲｏｃｋｅｒ魂を無意識に熱くしていたんだ。
「ふっ…。ファンの視線にたきつけられて、今日のオレは燃えているぜ…。さあ、次の曲、行くぞ！」
オレはマイクを握りしめる。仲間の演奏にも熱が入る。そういえば、今日のパーカッション、やたらに気合が入ってないか？　ふっ！！！！　気合でこのオレに勝とうなんて、千年早いぜっ！！　

今日のレコーディングは実に熱が入りまくった…。熱かった…。…熱い。実に熱い…。普段はそんなに熱しやすいオレではないのだが、顔中から汗が噴き出てくる。
「そりゃあ、熱いよなあ？　あれだけ激しくやらかした後に、わざわざラーメン食いに来てるんだからよぉ？ オレたちゃ、他のものでも良かったんだぜ？」
連中がツッコミを入れてくる。そう。オレたちは、昼食を取りにラーメン屋に来ていたのだ。このラーメン屋は、安いのに実に美味い知る人ぞ知るラーメン屋だ。それにしても、オレの汗の掻き方はどうも他の連中より激しくないか？　ん？　そういえば、オレの食ってるこのキムチラーメンは、実に辛い。
「アレだけ激しくやりまくったからこそ、スタミナをつけるのさ！！」
「まあ、ラーメン屋はともかく、そんな辛そうなラーメン食うなよ。見てるこっちまで汗掻くぜ」
「確かに辛いが、このくらいの辛さ、オレはむしろ足りないくらいだぜ」
「だからと言って、スプーン４杯も生ニンニク入れるかあ？」
そう、スタミナをつけるには、ニンニク入りラーメンだ。
「ふっ！　これからＭｉｎｋちゃんと会うんだ。気合を入れねば」
「Ｍｉｎｋちゃんがニンニク臭さで逃げ出すんじゃねえの？」
「これからＭｉｎｋちゃんと会うのだから、スタミナをつけて男らしさをみせつけねばなるまい。もちろん当然だが、歯磨きを念入りにし、臭い消しの対策を練るのさ。まあ、ニンニクに限らずだけどな」
ニンニクは確かに厄介な臭いだ。しかし、辛いこってり系のラーメンにニンニクを入れないなんて、ご飯に味噌汁をつけないようなものだ。物事には道の理（ことわり）、すなわち道理と言うものがある。道理を常に通すのが、このオレの、「Ｉｌｌｉｙａ」の哲学なのだ。哲学…。英語で書いてｐｈｉｌｏｓｏｐｈｙ。その原義は日本語では「愛知」の精神。「愛知」と言っても、名古屋でも豊田でもないし、ましてミソカツでもない。「知（ｓｏｐｈｙ）を愛する（ｐｈｉｌｏ）」精神のことだ。知を愛する…。ふっ！ このオレ、この「Ｉｌｌｉｙａ」を形容するに最も相応しい言葉ではないだろうか…？

「おい、イリヤ、イリヤ！！」
誰かが声をかける。
「ちょっと静かにしてくれないか？　おれは愛知の精神を探求しているんだ…」
「愛知だか岐阜だか三重だかしらないが、ラーメン、のびちまってるぞ…」
…ふぅ…。どうやら、哲学の探求に犠牲はつきもののようだ…。辛いスープを麺がすっかり吸い込んでしまっていた…。オレはそれでも、麺を残さず口に入れた…。このオレの、「Ｉｌｌｉｙａ」の食の美学の尺度においては麺は既に「まずい」ものになってしまっていた。しかし、食べ物は残さず食べるのが礼儀というものだ。

さて、午後のＭｉｎｋちゃんとの仕事に備え、オレは一風呂浴びることにした。近くに行きつけの銭湯があるので、そこへバンドの連中と共に行く。スタジオにもシャワールームがあるが、やはり汗を流すには、じっくりと湯船につかるのが一番だ。さっきのレコーディングで相当汗も掻いたし、ニンニク＆キムチのラーメンも食べた。こんな臭い身でＭｉｎｋちゃんの前に姿を現すなんて、このオレには、「Ｉｌｌｉｙａ」には断じて許されない行為だ。
まあ、オレは、親しいバンドの連中は少々別にしても、誰の前に出るときも気を使う。しかし、特にＭｉｎｋちゃんと会うときは要注意だ。単に臭いを消すというのでは甘い…。嫌な臭いを消すのは言うまでもないのだが、しかし、オレの男臭さは、さりげなく感じてもらわなくてはならない。そのあたりの調節が難しい。オレは、じっくりと湯船につかりながら、Ｍｉｎｋちゃんの顔を思い浮かべた。
「オレの天使…。まだまだ遠い…」

さて、午後２時…。Ｍｉｎｋちゃんがスタジオにやってくるのは３時半。午後のゆったりしたひととき、オレはスタジオに近いホテルの１７階のカフェでくつろぐ…。さっきみたいな熱気と騒々しさの入り混じったラーメン屋の雰囲気も好きだが、このカフェの落ちついた雰囲気はまた格別だ…。オレは、いつもの１２番テーブルにてくつろぐ…。ここは、日差しもあまり強くなく、また、奥まった位置にあるので、実に静かにくつろげる場所なのだ。このオレが静かに休養したり思索にふけるには、相応しい場所だ。
このカフェのマスターの入れる日替わりブレンドコーヒーはまた格別だ。常にブレンドを研究しており、飲むたびに違った味わいをオレに魅せつけてくれる。
「どうぞ、お待たせ致しました。」
マスターが自らオレにコーヒーを運んでくる。マスターは、日替わりのブレンドコーヒーに関しては、必ず自らの手で運んでくるのだ。このマスターのサーヴィス精神に惚れこんだ常連も数多いと聞く。オレもそんな常連の一人だ。
「御来店いつもありがとうございます。本日は、ミルクとシュガーはいかがなさいますか？」
マスターは、さわやかな笑顔でオレにきいてくる。
「いや、結構です。今日のコーヒーはブラックで味わいたいので…」
「さようですか。では、ごゆっくりお過ごし下さい。」
にっこりと笑顔でお辞儀をすると、マスターは静かに下がって行った。オレはコーヒーを口に運ぶ。…美味い！！　至高の味わいだ…！！　マスターのブレンドを舌で分析して家でコーヒーをいれて見たこともあるが、一度も再現できたことはない…。やはり職人芸とアマチュアの差は、こういうところで出る…。そう、オレの音楽を誰も決して真似できないように、マスターの味は、決して真似できない…。

さて、３時半。Ｍｉｎｋちゃんはほぼ時間通りにスタジオにやってきた。
「やあ、Ｍｉｎｋちゃん、こんにちは！」
オレは元気良く声をかける。そして微妙にさりげなく顔をそらしてみせる。左斜め３２度に顔をそらしてみせると、丁度Ｍｉｎｋちゃんから見た場合にオレの八重歯がキラっと光るのだ。このキラリと光る歯が重要だ。最高にさわやかかつキザな演出だ。やはりその日の出会いは、さわやかな挨拶からだ。
「あ、あのっ、こんにちは…、イリヤくん…」
オレの光る歯を眩しそうにしながら、Ｍｉｎｋちゃんは、もじもじしながら、はにかむように答えた。Ｍｉｎｋちゃんはいつもそうだ。オレの目の前では、いつも顔を赤らめながら、もじもじしている。いや、オレの前だけではない。業界の人間の前では、Ｍｉｎｋちゃんはいつもどぎまぎして、もじもじして、マネージャー君の後ろから様子をうかがっているような感じだ。芸能界入りしてもうかなり経つのに、全然あかぬけないというか、慣れないというか、どこか見ていて危なっかしくて、ほっとけない。どこか、手を差し伸べて守ってあげたい気持ちになる。
「今日も君に会えてうれしいよ。」
オレはそう言うと、Ｍｉｎｋちゃんの前に近づく。そして、髪にちょっと触れた。
「イ、イリヤくん、そ、その…」
Ｍｉｎｋちゃんの顔がみるみるうちに真っ赤になる。そして、突然、
「きゅ〜〜〜〜〜〜」
と、気絶してしまった。
「おいおい、またかい！？？？」
マネージャーの鳥海君、バンドの連中、そして宮ちゃんが、あきれたようにオレとＭｉｎｋちゃんを見る。相変わらず純情な娘だ。まあ、そこが可愛いくてついつい気絶させちゃうオレは、もしかしてイジワルなのだろうか？

さてさて、オレとＭｉｎｋちゃんは、レコーディングに入った。今日は、Ｍｉｎｋちゃんが今度出すシングル曲の１つ「ＤＡＲＬＩＮＧ ＨＥＡＲＴ」の収録だ。オレは、最近のＭｉｎｋちゃんのＣＤ収録に関しては、実際に衣装を着てもらい、振りつけもつけて歌ってもらいながら収録することにしている。すなわち、ステージで実際に歌ってもらうのと同じようにしているのだ。単にマイクの前で譜面を見ながら歌うという方式に、オレは疑問を感じている。やはり、Ｍｉｎｋちゃんの生きた歌声は、ライブ的に収録するのが一番魅力的だからだ。
「今回は、チェックの衣装だ。ポップな感じの曲調に合わせて見たよ」
衣装も、このオレがデザインを考え、プロのファッションデザイナーと綿密な打ち合わせのもとに作っている。やがてＭｉｎｋちゃんが、衣装を着て現れた。
「…Ｍｉｎｋちゃん…。可愛い！！」
オレは感嘆の声を上げた。このオレがデザインした衣装。可愛らしいであろうことは言うまでもなくわかっているはずなのに、オレはつい興奮気味に声を上げてしまった！！　やはり、Ｍｉｎｋちゃんの魅力は、このオレの想像を超えているということなのだろう！！！
「可愛いだなんて…。そんな…。」
Ｍｉｎｋちゃんは、すぐにぽーーーーーっと真っ赤になる。このＭｉｎｋちゃんの反応がたまらなくまた可愛い。
そんなはにかみやのＭｉｎｋちゃん。しかし！！！　そんなＭｉｎｋちゃんが、いざマイクを持ったりカメラの前に立ったりすると、「大変身」するのだ！！！
ＪＡＧＵＮＮＡのメンバーにバックグラウンド演奏をしてもらってレコーディングに入る。イントロが始まるや否や、Ｍｉｎｋちゃんはマイクを大胆に振りかざして、踊りながら歌い始めた。
「す…、すごい…！！！」
オレは、驚愕のあまり、呆然とする。
このオレの前ではもじもじして消え入るような声でしかしゃべらない内気な女の子が、マイクを持った途端、こんなに大胆に歌って踊るのだ！！！　はじける笑顔で跳びはね、Ｍｉｎｋちゃんは声高らかに歌いまくった…！！！　それも、このオレの作った歌を！！！　なんて贅沢な幸せだろうか！？　このオレのプロデュースした曲を、最高の天使が歌いまくるのだ！！！　素晴らしい！！！　この素晴らしさは、どんな言葉にも代えられない！！！　

「Ｍｉｎｋちゃん、素敵だった！！　最高の気分だよ！！」
オレは、オレらしくないくらい興奮してＭｉｎｋちゃんに駆けよって言葉をかけた。とたんに、ＭｉｎｋちゃんはいつものＭｉｎｋちゃんに戻って、頬を赤くしてモジモジしだす。
「最高の歌声だ！！」
オレがさらに言うと、Ｍｉｎｋちゃんはさらに耳まで真っ赤になる。このＭｉｎｋちゃんの変化がまた、たまらなく可愛らしい。こんなＭｉｎｋちゃんの変化を楽しむために言葉を選んでいるオレは、やはり意地がわるいのだろう。
「…そ、そんな…。褒めすぎ…ですぅ…」
もうほとんど聞き取れないくらい小さな声で、Ｍｉｎｋちゃんは下を向いて言う。
「そうだ。Ｍｉｎｋちゃんに、プレゼントを持ってきたんだよ。」
そう言うと、オレは、Ｍｉｎｋちゃんにブローチを差し出す。
「…これ、あたしに…？？？」
「もちろん。」
「で、でもでもっ。あたし今日誕生日でもないし、クリスマスもバレンタインもまだだし、それに、それにっ…」
Ｍｉｎｋちゃんは、慌てふためいて、発言までなんだか混乱している。バレンタインはおんなのこから渡すものなのだが…。もらう理由がわからなくて戸惑っているようだ。
「…なぜ、突然？？」
「それは、Ｍｉｎｋちゃんが可愛いからさ。」
そう言ってオレはウィンクした。Ｍｉｎｋちゃんの顔がさらに紅潮したかと思うと…
「きゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
Ｍｉｎｋちゃんは再び気絶してしまった。この気絶する姿がまた可愛らしくてたまらない。…なんてことを考えてしまうとは…。やはりオレは、性格最悪だ…。
「ああっ！？？？　またかいっ！！！？？？？？」
鳥海くんが、再び慌ててＭｉｎｋちゃんを介抱する。
「…でも、突然にプレゼントなんて、本当に一体どうしたの？」
宮ちゃんが怪訝そうな顔で問う。
「だから、Ｍｉｎｋちゃんが可愛いからに決まってるさ」
そうは言ったが、本当の理由は…。そんなの言えるわけが無い。最高軍事機密だ！　実は「今朝のお詫び」だなんて…。

Ｍｉｎｋちゃんとの仕事は６時に終了した。Ｍｉｎｋちゃんは、帰るのがいつも早い。いつもせいぜい２〜３時間の仕事が多い。残念…。もっとＭｉｎｋちゃんとは仕事をしていたい気分なのだが…。
こうして、収録も終わり、オレは帰路についた。今日はわりと速く仕事が終わった方だ。帰宅したら夜の７時半。いつもこうだと楽かもしれない。
夜は、なんとなくカレーが食べたくなった。カレー粉と小麦粉、そして調味料を微妙にブレンドさせて、オレはカレールーを作った。あとは、にんじん、玉ねぎ、豚肉、ジャガイモを取り出すと丁寧に炒めた。そして、じっくりと煮込む。１時間半くらいコトコトと煮込む。御飯は今朝の残りが余っているので、それをレンジで温める。冷や飯の再加熱は、炊きたての美味しさは味わえない。しかし、御飯を炊く際には少量ではかえって味を損なってしまう。だから、朝に多めに炊くのだ。そして、ササニシキの本領はこの再加熱時に発揮される。ひとめぼれと違い、ササニシキは冷や飯でも再加熱後でも旨味が残るのだ。
オレは、出来たカレーを頬張る。…美味い！！！　当然だ！！　この「Ｉｌｌｉｙａ」の作るカレーは、美味くて当然なのだ！！！

さて、すっかり片付けやら洗濯やら掃除を終え、テレビを観てすごした。先日収録した歌番組をやっていて、オレたちＪＡＧＵＮＮＡが出ていた。
「う〜〜〜む、ギターの構え方が、いまいちだったか？」
このシーンでは、もう３度ほどギターの先端を上方に向けて弾く方がカッコよかったか…？　今度相棒と話し合わねばなるまい。
「う〜〜〜ん、高音がいまいちか…」
オレの歌声の高音が、微妙にかすれている。そういえばこの日、ちょっとリハーサルでノリすぎたのが微妙に影響しているのかもしれない。まだまだオレも甘い…。この日はＭｉｎｋちゃんもスタジオにいたというのに…。こんな歌声をＭｉｎｋちゃんに聴かせてしまったとは、一生の不覚だ…！！！
そんなことを考えている間に、今度はブラウン管にはＭｉｎｋちゃんが写っていた。
「ごめんね、Ｍｉｎｋちゃん。今度プレゼントを用意してお詫びするよ！！」
オレはテレビに向かって語りかける。この日のＭｉｎｋちゃんは、純白の天使の衣装！！！　そう、「Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ」だ。
オレのピアノソロによる伴奏で、Ｍｉｎｋちゃんの透き通るような歌声が響き渡る。
「天使…」
オレは、その天使の歌声に聴き惚れた。なんという、夢のような至福のひととき…。
「ハッ…？」
オレは思わず我に帰った。オレの眼から、思わず涙がこぼれていたのだ…。

夜の１１時…。パソコンにつなげる。ＩＲＣのチャットのチャンネル「＃Ｍ.ＫＡＮＯ」につなげる。このチャンネルは、オレにパソコンを選んでくれたパソコンオタクなガールフレンドとの会話（チャット）のためのチャンネルなのだ。チャンネルにつなげると、既に彼女は来ていた。
「あんた、今日もやらかしたでしょう？」
いきなりのお小言か。この娘はいつもオレにズケズケ言ってくる。まあ、いつものことだが…。
「ふぅ、一体何のことだい？」
「今日もＭｉｎｋを気絶させたでしょう？　あんた、ひょっとして楽しんでるんじゃないの？」
実はこの娘、Ｍｉｎｋちゃんの知り合いの一人でもあり、今日も密かにスタジオ見学にきていたのだ。
「楽しんでるだなんてそんな…。まあ、今日はたったの２度だよ。」
「２度も？？？？　よくもまあ…。あんまりＭｉｎｋで遊んだら、あたしが許さないよ」
「ふふ…。聞き捨てならないな…。」
「あと、今日のブローチのプレゼント、一体どうしたのよ？」
「Ｍｉｎｋちゃんが可愛かったからプレゼントしたくなったのさ」
「あんたのことだから、ど〜せ下心あるんでしょ〜けどね。」
「まあ、そんなことより、またドドバシに付き合ってくれないかな？　今度はデジカメが欲しい。」
「デジカメなら、ガオックスのほうがいいかもよ？」
「やっぱり君は詳しいな。」
「当然よ。あたしですもの」
「んで、付き合ってくれるかい？」
「今度は何を御馳走してくれるの？」
「そうだな…。和食はどうだい？　茶碗蒸の最高に美味い店があるのさ。」
「へえ。楽しみ」
「ふふ。じゃあ、今度の日曜日は、素敵なおんなのことガオックスでデート…と予定表に記しておこう」
「な…！！　そ、そんなこと言っても…、あたしはＭｉｎｋと違ってだまされないからねっ…」
「下心なんてないさ。正直に言ったまでだよ。」
「ど、ど〜だか…。と、とにかくっ！　その茶碗蒸だかなんだか、ちゃんと御馳走なさいよっ…」
慌てるように、この娘はログアウトしてしまった。ふぅ…。なんだかんだ言って、この娘の強がりなところがまた可愛い。実に素敵なガールフレンドだ。あとは、Ｍｉｎｋちゃんを恋人にできれば言うまでもないのだが…。

シャワーを浴びて、オレはさっぱりした気分になる。どうやら今夜はぐっすり眠れそうだ。
オレは、Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌのポスターの前に立った。
「じゃあ、Ｍｉｎｋちゃん、今日はこれでおやす…」
オレは言いかけてハッとした…。シャワーを浴びた後、身体を拭いたままの状態だった。どうやら「今朝と同じミス」をやらかしてしまったようだ…。
「ふぅ…。またプレゼントを用意しないといけないな…」

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一体この小説のどこが「Ｍｉｎｋ」のパロディ小説なんだ〜〜〜？？　とかお叱りが来そうですね（苦笑）。

てなわけで、イリヤくん自身の語りという設定で、イリヤくんの１日を書いてみました。テーマは一応、「ナルシーなイリヤ」なのですが、調子に乗りすぎたかもしれません。ああっ！？？　イリヤくんファンの皆様…。カミソリを送りつけるのは勘弁してください（笑）。
かなり今回の小説、異色かもしれません。文字通り、イリヤくんの完全主役小説というわけですので。これからもイリヤくん完全主役で小説作るかもしれません。え？　２度とやるなって？（笑）　でも、懲りずにやります（爆）。

後半のＭｉｎｋちゃんに接するイリヤくんは、イリヤくんと言うよりも、もしかしたら私自身が乗り移っているのかもしれません（爆）。う〜〜〜〜〜む…。実際、イリヤくんとＭｉｎｋちゃんって、どんな風に接しているのかなあ？　最近「イリヤレーベル」の件と合わせて、Ｍｉｎｋちゃんとイリヤくんの仲が世間で噂になってますが〜〜〜？？？（苦笑）。

なお、今回の小説、長いです。「メモ帳」では作りきれなくなっちゃいました。読んでて疲れるかも？　その点、反省っすね。う〜みゅ（苦笑）。

なお、イリヤくんがＨａｒｄＲｏｃｋｅｒになりきっちゃう場面の文章は、ｃｏＳｉＮｅさんのＢＢＳカキコを勝手に参考にさせていただきました。感謝☆

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