「プログラムは電脳☆少女に恋をする♪」（２００２年１０月５日ＵＰ）作：神無月風さん（「空からの贈り物」主宰）
ボクはオム。２０９９年のＣＤ−ＲＯＭ、ＷＡＮＮＡ−ＢＥの案内プログラム。
２０世紀生まれの女の子、白石みんくちゃんをサイバー・アイドルＭｉｎｋとして起動させるために、今日もがんばってるんだ。
Ｍｉｎｋの図書館♪
ここでは、「電脳少女☆Ｍｉｎｋ」のパロディ小説を掲載していきます。白石由里の作品の他、ひめさん、まかべさん、神無月さんの作品も掲載しています♪ また、おんじ会長作の「挿し話」シリーズへのリンクもここに設置しました。よかったら読んでくださいね♪ 他の皆様の小説の投稿もお待ちしてます♪ 誰か挿絵とか描いてくれないかなあ…。いや、一人言っす（笑）。
※ 神無月風さん作の小説「プログラムは電脳☆少女に恋をする♪」をアップ。
★白石由里の旧作（バックナンバー）はこちらからどうぞ！
（１）「あたしだけのＶｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ」
（２）「居残りがくれた甘い時間」
（３）「１９９９．８．１． ｉｎ 横浜」
（４）「Ｍｉｎｋの２０００年問題」
（５）「丘の上のコンサート」
（６）「アイスクリームとイリヤ」
（７）「Ｔｉｍｅ Ｃａｎ’ｔ Ｗａｉｔ」
（８）「アイドル・イリヤ」
（９）「ＩＬＬＩＹＡ」
（１０）「すぃーと・ぽてと」
（１１）「おもい違い」
（１２）「ママの腕の中」
（１３）「よかった音頭」
★ひめさんの旧作（バックナンバー）はこちらからどうぞ！
（１）「イミテーション・ダイヤモンド〜偽りの輝き〜」
★おんじ会長作の「挿し話」シリーズはこちらからどうぞ！
（１）「架空追跡日記 ○月××日」
（２）「噂のＣＭ」
（３）「むーん、真帆子と叶花って仲いいじゃん」
（４）「Minku in the wonder land」
（５）「イリネコは愛を運ぶ」
（６）「おやすみんく」
（７）「エプロンドレス」
★まかべひろしさんの旧作（バックナンバー）はこちらからどうぞ！
（１）「世紀末の神様」
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「プログラムは電脳☆少女に恋をする♪」（２００２年１０月５日ＵＰ）
作：神無月風さん（「空からの贈り物」主宰）
ボクはオム。２０９９年のＣＤ−ＲＯＭ、ＷＡＮＮＡ−ＢＥの案内プログラム。
２０世紀生まれの女の子、白石みんくちゃんをサイバー・アイドルＭｉｎｋとして起動させるために、今日もがんばってるんだ。
☆☆☆☆☆
眩しいライトに照らされた３人の美少女が、カメラに笑顔を向けている。
ラズベリーを髪に飾り、挑むように瞳を輝かせる水原愛純ちゃん。
アプリコットを手に取り、おっとりと小首をかしげる茜有香ちゃん。
そして、ピーチをほっぺに当てて、無邪気に微笑むＭｉｎｋちゃん。
ボクの目は、たちまちＭｉｎｋちゃんにクギづけになる。
ほっそりした姿に白いドレスのＭｉｎｋちゃんは天使そのもの。ナチュラルメイクがいつもより大人っぽく写る。ピンクの口紅がふっくらした唇によく似合っていて、とってもキュート。
Ｍｉｎｋちゃんはピーチを細い指で包みこんで、そっとキスをした。
―…いいなあ。ボクもピーチになりたいなあ…―
ボクはうっとりとＭｉｎｋちゃんに近づいた。
「カーット!! カットカットカット!! ダメだダメだ！ 誰だっ!? ヘンなロボットを現場に持ちこんだのはっ!?」
秋の新色口紅パルフェ・シリーズ≠ﾌＣＭ撮影中。監督はいきなりメガホンを振り上げて怒鳴った。撮影班がビックリして、動きを止める。
ボクは急いで辺りを見回した。Ｍｉｎｋちゃんの撮影をジャマするなんて、どいつだろう…？
「…お、オムくん…？ そこにいたらジャマだよぅ！」
ボクの足元、数メートル下で、Ｍｉｎｋちゃんがオロオロと手招いている。
そこでハッと気がついた。撮影のジャマをしてるヘンなロボットって、ボクのことだ。
慌てて急降下したボクを捕まえて、Ｍｉｎｋちゃんは謝った。
「ごめんなさい！ あたしのペットロボットです！」
すかさず愛純ちゃんがピシッと一言。
「プロ意識がなってないわよ！ 撮影所におもちゃなんか持ちこまないでちょうだい！」
愛純ちゃんはパルフェ・シリーズ≠ﾌＣＭソングが、Ｍｉｎｋちゃんに決まってから、ずっと機嫌が悪いんだ。
「そのロボット、カワイイっっ♪ あたしも欲しいっっ♪」
はしゃいだ声を上げるのは有香ちゃん。
「…仕方ないな。いったん休憩に入ろう！ ２０分後に撮影再開だ！」
監督の声に、各自がバラバラと持ち場を離れる。
即座にＭｉｎｋちゃんのマネージャーのモトハルが監督のところへ走った。何度も頭を下げている。
ボクを抱えるＭｉｎｋちゃんの手が震えた。きっと大好きな先輩に迷惑をかけたことを悲しんでるんだろう。
つくづく自分が情けなくて、ボクはボディを縮こまらせた。
☆☆☆☆☆
専用控え室に戻って来たＭｉｎｋちゃんは、ボクを放して叱りつけた。
「オムくんったら、どうしちゃったの！？」
ボクはＷＡＮＮＡ−ＢＥの案内プログラム。Ｍｉｎｋちゃんを手伝うのが役目なのに、ジャマして、怒らせちゃうなんてプログラム失格だ。
Ｍｉｎｋちゃんの顔の高さに飛びながら、ボクはしょんぼりと謝った。
『ごめんなさい。今度から気をつけるね。ほんとにごめんなさい』
「そんなことで怒ってるんじゃないよ！」
ボクはビックリしてＭｉｎｋちゃんを見た。
Ｍｉｎｋちゃんのほっぺは真っ赤で、瞳には涙が光っている。なんだか泣いてるみたいだった。
「気づいてないの!? この頃ヘンだよ、オムくん。ぼうっとして、いつもなら絶対にしないドジばっかり！」
Ｍｉｎｋちゃんに言われて、ボクは改めてこの１ヶ月間のことを思い返した。
Ｍｉｎｋちゃんを間違った場所に転送したのが４回、コスチュームパレットで舞台衣装を出す代わりに、看護婦さんやスチュワーデスさんに変身させちゃったのが３回、そして今日は大事な撮影現場でぼんやりしちゃったんだ。
…確かにおかしい。しかも、それをＭｉｎｋちゃんに指摘されるまで気づかないのもヘンだ。
Ｍｉｎｋちゃんの顔がくしゃっと歪んだ。あ、と思った時には、スミレ色の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「具合が悪いなら、どうしてちゃんと言ってくれないの？ あたし、叶花ちゃんみたいにコンピュータのことは分かんないもん。オムくんが病気になっても、どうしてあげたらいいか、分かんないよ…」
―あれ…あれれ？―
ボクはとまどった。Ｍｉｎｋちゃんの涙を見ていると、急に目の前の景色がおかしくなったんだ。Ｍｉｎｋちゃんの涙が拡大されて、連続映しになる。画像の取りこみ異常かな？
ボクは慌ててＭｉｎｋちゃんの肩に舞い降りた。
『泣かないで、Ｍｉｎｋちゃん。明日、学校へ行ったら、叶花ちゃんに直してもらうよ。だから、心配しないで』
手を伸ばして、Ｍｉｎｋちゃんの頬に触れる。ボクの指の隙間から、Ｍｉｎｋちゃんの涙がすり抜けていく。
―ボクの手はどうして、こんなにゴツゴツして短いんだろう。Ｍｉｎｋちゃんの涙がふけないよ―
そう考えて、ボクはまたとまどった。ボクのボディは、ユーザーの案内をするためのデザインだ。今まで不便を感じたことは１度もない。それなのに、どうしてボクはもっと違うボディが欲しいなんて思うんだろう…？
とまどいを振り切るように、ボクは『大丈夫だよ』とささやいた。Ｍｉｎｋちゃんが、ゆっくり顔を上げた。
「…本当に？」
スミレ色の瞳が真っ直ぐにボクを見つめている。これだけはＷＡＮＮＡ−ＢＥでも作れない、オリジナルの白石みんくちゃんが持つ、優しい輝き。
『大丈夫だから。もう泣かないで』
ホッとため息をつくと、Ｍｉｎｋちゃんのピンクの唇が微笑んだ。
―あれ？ Ｍｉｎｋちゃんって、こんなにかわいく笑ったっけ？―
ボクは急いで、今までのＭｉｎｋちゃんの過去データを呼び出した。どの映像もみんなかわいく見える。Ｍｉｎｋちゃんの笑い方が変わった訳じゃないみたい。それなのに、今日のＭｉｎｋちゃんは、まるで初めて会った人みたいにステキに見える。
―やっぱり故障だ。早く叶花ちゃんに診てもらわなくちゃ。見慣れたＭｉｎｋちゃんの笑顔をきちんと認識できないなんて、メモリー機能が故障したのかもしれない。―
Ｍｉｎｋちゃんが異常に気づいて心配しないうちに、ボクはケータイに戻ろうとした。
その時、ノックの音が響いて、モトハルが顔を出した。
「Ｍｉｎｋ、ちょっといいか？」
不機嫌な顔で、モトハルはお説教を始めた。
「最近のＭｉｎｋはヘンだぞ？ 待ち合わせのスタジオは間違えるし、衣装替えにも時間がかかるし。仕事に身が入ってないじゃないか」
大好きな先輩に叱られて、Ｍｉｎｋちゃんがうなだれる。
「パルフェ・シリーズ≠ﾍタイアップ曲もＭｉｎｋで、放映されればイメージアップにつながる、大事な仕事だって分かってるのか？」
「…ごめんなさい」
しょんぼりと答えるＭｉｎｋちゃんの肩が震えている。
―Ｍｉｎｋちゃんは悪くない。悪いのはボクだ。…なのに、Ｍｉｎｋちゃんは、ボクの代わりに謝ってくれてるんだ―
イライラとモトハルが続ける。
「うちの事務所からデビューした有香も、Ｍｉｎｋと一緒の仕事だって喜んで、張り切ってるんだ。Ｍｉｎｋがちゃんとしてくれないと、後輩に示しがつかないじゃないか。有香は芸能界にまだ慣れてないんだから、Ｍｉｎｋがお手本なんだぞ」
「…有香ちゃん」
その名を聞いて、Ｍｉｎｋちゃんの表情がこわばる。この頃、モトハルは新人の有香ちゃんの世話が忙しくて、Ｍｉｎｋちゃんともみんくちゃんとも、あまり話せないんだ。
明るい有香ちゃんは、モトハルが好きな気持ちを素直に出す。内気で、なかなか気持ちを伝えられないみんくちゃんは、有香ちゃんにモトハルを取られそうで不安で、…でも、寂しい気持ちを隠して、Ｍｉｎｋとしてがんばってる。それなのに、モトハルは全然分かってないんだ。
これ以上、モトハルのお説教を聞いていられなくて、ボクは飛びかかった。
『Ｍｉｎｋちゃんをいじめるな！』
「うわっ」
モトハルが驚いて飛びのく。突撃をかわされたボクは、空中で一回転して、再びモトハルに襲いかかった。
「オムくん、やめて！」
Ｍｉｎｋちゃんがモトハルの前に飛び出し、ボクを捕まえた。柔かな手の感触に、ボクは動きを止めた。
Ｍｉｎｋちゃんはボクを片手に捕まえたまま、モトハルにもう片方の手を伸ばした。
「先輩！？ 大丈夫ですか！？ ケガは！？」
「ああ。平気だよ」
ホッと息をついて、Ｍｉｎｋちゃんは腕の中のボクを見た。
とがめるような、心配するようなＭｉｎｋちゃんの瞳に、ボクは縮こまった。
『…ごめんなさい…』
ＷＡＮＮＡ−ＢＥのプログラムにとって一番大切な約束。それは『決して人間を傷つけないこと』。
―…それなのに今、ボクはモトハルを傷つけようとした。ボクは一体、どうしちゃったんだろう―
訳が分からなくて、情けなくて、いっそこの場から消去されたかった。
Ｍｉｎｋちゃんはモトハルに向かって、床につきそうなほど、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。どうかオムくんを怒らないであげて。オムくんは病気なのに、気づかなかったあたしがいけないの」
モトハルはちょっとビックリした顔で、Ｍｉｎｋちゃんとボクを見比べた。
「この頃、Ｍｉｎｋがヘンなのは、そのペットロボットが調子悪かったせいなのか？」
Ｍｉｎｋちゃんの頭にぽんっと手を置いて、モトハルは苦笑した。
「Ｍｉｎｋは優しいからな。でも、しょせん、ロボットはロボット。ただのおもちゃなんだ。のめりこんだらダメだぞ」
「早く現場に戻ってくれよ」と言い置いて、モトハルは控え室を出て行った。
ボクはその背中をぼんやりと見つめていた。
「…オムくん、泣かないで」
Ｍｉｎｋちゃんがささやいて、ボクは自分の頬を伝うしずくに気がついた。Ｍｉｎｋちゃんは赤ちゃんをあやすように、腕の中のボクをそっとゆすった。
「オムくんはおもちゃじゃないよ。大好きなあたしのお友達だもん」
『ありがとう』って言いたかったけど、出たのは情けない泣き声だった。
Ｍｉｎｋちゃんが恋する人間のモトハルと、役立たずなプログラムのボク。なぜか、その違いが、とても悲しかった。
☆☆☆☆☆
翌日。登校してすぐに、みんくちゃんは、叶花ちゃんと真帆子ちゃんにボクの異常を話した。
叶花ちゃんは早速、その日の休み時間全部を使って、ＷＡＮＮＡ−ＢＥのメンテナンスをした。
そして放課後。クラスメートが帰った後で、教室の叶花ちゃんの机に、心配顔のみんくちゃんと真帆子ちゃんが集まった。
叶花ちゃんは、集まったみんくちゃんと真帆子ちゃんに親指を立ててみせた。
「この前、有香が触ってＷＡＮＮＡ−ＢＥが暴走したでしょ？ その影響が、オムに残ってたみたい。大したことないけど、今日はとりあえずオムを預かるね」
みんくちゃんがぱあっと笑顔になる。
「よかったね。オムくん。早く治ってね」
ボクに頬ずりするみんくちゃんに、叶花ちゃんは教室の時計を指差した。
「それより、今日も撮影があるんじゃないの？」
みんくちゃんは慌てて、大きくうなずいた。今日もパルフェ・シリーズ≠ﾌＣＭ撮影の続きがあるんだ。
ＷＡＮＮＡ−ＢＥを起動させて、みんくちゃんは変身した。気がかりそうにボクを振りかえりながら、Ｍｉｎｋちゃんは仕事に出かけて行った。
Ｍｉｎｋちゃんが瞬間移動したとたん、それまでずっと黙りこんでいた真帆子ちゃんが、叶花ちゃんに向き直った。
いつになく真面目な表情で、叶花ちゃんを問いつめる。
「オムくんは本当に大丈夫なの？ なんだか叶花らしくないよ。大したことないなら、とっくに治してるはずだもん。…それとも、みんくに言えないことなの？」
「あんたにしちゃ鋭いじゃん」
嫌味の口調にも、どこか元気がない。さっきの自信ありげな様子とはうってかわって、叶花ちゃんは重苦しいため息をついた。
「…実は、暴走のせいで、ＷＡＮＮＡ−ＢＥのユーザーサポートシステムにバグが生じたみたいなの。案内プログラムのユーザーに対する反応数値が異常に高くなって…」
それ以上の説明は聞こうとせずに、真帆子ちゃんは叶花ちゃんの机に、どんっと両手を置いた。
「…もう！ 要するになんだっていうのよ！？」
「要するに…オムはユーザーのみんくに対して『擬似恋愛状態』になっている。…つまり、恋をしてるのよ」
「恋って…オムくんがみんくに！？」
真帆子ちゃんはすっとんきょうな声を上げた。
「…そ、そんなあ。…それって、えっと…治すことができるわけ？」
「すぐにできるわよ。バグを修正して、数値を下げればいいだけだもん」
「…じゃあ、どうして、さっさと…」
言いかけて、ふと真帆子ちゃんは言葉をとぎらせた。恐る恐る叶花ちゃんに尋ねる。
「治ったら、オムくんはどうなるの？」
「どうもならないよ。記憶がなくなるわけじゃないし。…ただ、みんくを『好き』だと思う気持ちが、『恋』じゃなく、ＷＡＮＮＡ−ＢＥユーザーに対する『好感』に戻るだけ」
「それってオムくんの気持ちを、勝手に叶花が変えちゃうってことじゃない！」
声を荒げかけた真帆子ちゃんは、悲しそうな叶花ちゃんの瞳に気づいて、黙りこんだ。叶花ちゃんも沈黙のまま。そして２人は、机の上のボクをそっと見下ろした。
知的で冷静な叶花ちゃんの茶色の瞳。茶目っ気たっぷりの真帆子ちゃんの緑の瞳。ケンカしながらも、いつも温かくみんくちゃんを見守る二人の瞳が、今はボクを気遣って曇っている。
２人がどうして、こんなに暗い顔をしているのか分からなくて、ボクはきょとんと首をかしげた。
『ねえ、恋って、どんなバグなの？ ちゃんと直るんでしょ？』
『恋をしてる』って言われたって、ボクにはさっぱり意味が分からない。Ｍｉｎｋちゃんの歌に『恋』って単語は出て来るし、Ｍｉｎｋちゃんが演じる『恋する女の子』も見たことがある。…けど、プログラムのボクには関係ない、人間の感情を表す言葉だもん。
真帆子ちゃんが、ボクの胸の辺りをつついて、小さく笑った。
「みんくを見てると、この辺がきゅうっとなって、あったかくなって、うれしくなって、元気が沸いて来て、みんくのためなら、どんなことでもしてあげたいって思うでしょ？ それがね、『恋をしてる』ってこと」
「直してもホントにいいの？ オム」
不思議なほど、静かな声で叶花ちゃんがたずねた。
「直ったら、もう２度とみんくにドキドキしたり、みんくの笑顔を見てうれしくなったり、みんくの涙を見てせつなくなったりは、できないんだよ？ それでもいいの？」
バグが修正されたら、異常は直る。ドジもしなくなるし、モトハルを傷つける心配もない。それはプログラムとして大切なことだ。
なのに、真帆子ちゃんと叶花ちゃんは、まるでバグを直したくないみたい。ボクは困ってしまって、叶花ちゃんの机の上をグルグルと歩き回った。
『…ボク、よく分かんない』
とたんに真帆子ちゃんと叶花ちゃんはガッカリした顔になる。ボクは慌ててつけ加えた。
『分かんないけど、でも、このままなのはイヤだ。みんくちゃんがＭｉｎｋになるって決めた時、みんなで約束したよね。"どんなことがあってもＭｉｎｋちゃんを守る"って。このままだと、ボクはＭｉｎｋちゃんを守るどころか、迷惑しかかけられないもん。それだけはゼッタイにイヤなんだ』
ぎゅうっ！ いきなり真帆子ちゃんはボクを捕まえて、思いっきり抱きしめた。
「オムくんってば、かわいいー！」
『ま、真帆子ちゃん〜、苦しいよ〜』
「…あ、ごめん、ごめん」
慌ててボクから手を放した真帆子ちゃんは、叶花ちゃんに訴えた。
「…ねえ、叶花。オムくんがかわいそうだよ。…なんとかできないの？」
「バグの修正はきちんとしないとまずいよ。このままじゃＷＡＮＮＡ−ＢＥ全体に悪影響が出ちゃう」
叶花ちゃんが首を横に振ると、真帆子ちゃんは眉をひそめて考えこんだ。それから急にポンッと手を叩く。
「じゃあ、せめて恋の思い出を作ってあげようよ。デートとかさ！」
「オムすびとみんくがデート！？ あんた、寝ぼけてんじゃないの？ モトハル先輩やイリヤならともかく…ん？ ちょっと待って」
叶花ちゃんはハッと気づいたようにＷＡＮＮＡ−ＢＥを呼び出した。
「先輩かイリヤなら、データさえあればコピーを作れる！ コピーにオムのデータをダウンロードすれば、デートがお膳立てできるかも!!」
真帆子ちゃんの瞳がキラキラ輝き出す。
「モッくんは本人から電話がかかって来たら、すぐにバレちゃうよ。…けど、イリヤなら、今はツアーの最中だし、みんくもコピーとは気づかないかも」
２人の会話の意味が理解できなくて、ボクはおろおろと口をはさんだ。
『待ってよ、２人とも。デートってなに？ バグとどういう関係があるの？』
真帆子ちゃんと叶花ちゃんは顔を見合わせると、いたずらっぽくニッコリした。それから叶花ちゃんが、ボクの顔を見て言った。
「有香がバードミュージックに入ってから、みんくがずっと元気なくて、オムも心配だったよね？ 元気づけてあげたいって思ってるでしょ？」
それは本当のことなので、ボクは『うん』と答えた。
「バグの原因には、みんくを心配するオムの気持ちが関係してるのよ。…だからね。明日は、みんくが大好きなイリヤのふりをして、楽しませてあげなさい。それで、みんくが元気になったら、バグの修正もやりやすくなるから。分かった？」
「越後屋、そちも悪じゃのう〜♪」
真帆子ちゃんがからかうように呟いたけど、叶花ちゃんは怖い顔をして黙らせた。叶花ちゃんの説明より、その時の気迫が怖くて、ボクはうなずいた。
『分かったよ。みんくちゃんを元気にすればいいんだね』
真帆子ちゃんがパチンと指を鳴らす。
「やりぃ♪ イリヤくんのデータなら、あたしに任せて！ 身長体重スリーサイズetc.、バッチリだよん♪」
叶花ちゃんの瞳がキラーンと光り、背中から炎が燃え上がった。
「うふふふふ♪ みんくも気づかない、カンペキなコピーイリヤを作っちゃうぞォ。電脳少年☆ＯＭＵ計画、始動だよ〜ん！」
…浮き足立つ２人を見ながら、ボクは一体、自分がどうなっちゃうのか、この２人に任せていいものか、はてしなく不安になった…。
☆☆☆☆☆
一晩かけて、叶花ちゃんは真帆子ちゃんが提供したあらゆるデータを元に、コピーイリヤを作り、それにボクのプログラムをダウンロードした。
翌日のお昼。１時ちょっと前に、ボクは水族館の前でＭｉｎｋちゃんを待っていた。外はあいにくの雨空で、ボクが差したグレーの傘は、大粒のしずくたちによって陰うつな音色を奏でている。
深呼吸して、ボクは自分のボディを見下ろした。洋服に包まれた、すらりと伸びた手足。これはボクのボディじゃない。コピーイリヤのボディだ。
プロペラなしで、自分の足だけで地面に立つのって、なんだか不思議な感じがする。手も足もいつものボクのボディとは違って、柔らかくて、なんだか頼りない。
違和感があるのは、洋服を着ているせいかもしれない。真帆子ちゃんがコーディネートしてくれた、Ｔシャツにジャケットにジーンズ。それと瞳を隠すためのサングラス。
雨の日なのにサングラスをかけているのは一応、今はイリヤの姿だから、ファンに間違われないように。それと、Ｍｉｎｋちゃんにコピーだとばれないための用心。イリヤの瞳が持つ、本当の輝きや魅力は、ＷＡＮＮＡ−ＢＥでも作り出せないからね。
"こら、オムすび、キョロキョロするのはやめな。パソコンの映像がブレるじゃない"
頭の中で叶花ちゃんの声が響く。パソコンを通して、叶花ちゃんと真帆子ちゃんがボクを見守っているんだ。
『…だって、通りすがりの女の子が、みんな振り返ってボクを見るんだもん。コピーだってバレてるのかなあ』
叶花ちゃんたちにだけ聞こえるように、小さな声で呟くと、ドスのこもった叶花ちゃんの声が返って来た。
"あたしにケンカ売ってんの!? そんなカンタンに見破られるような、ちゃちなコピーを作るわけないでしょうがっ！"
"あのね、オムくんは今、【恋人にしたい男の子Ｎｏ．１】の姿をしてるんだよ？ サングラスしてるからイリヤだとはバレてないけど、立ってるだけで人目を引く、カッコイイ男の子なの。女の子たちがつい見ちゃうのは当たり前でしょうが"
呆れたような真帆子ちゃんの声が説明した。
"それより、あたしが徹夜で考えてあげたデートコース、ちゃんと覚えた？"
『水族館を見て、水族館の隣のビルでウィンドウショッピングして、ビルの展望レストランでおやつを食べて、観覧車に乗るんでしょ？ 分かってるよ』
叶花ちゃんの声が割りこむ。
"そろそろ１時。Ｍｉｎｋが来る頃だね。じゃあ、こっちはログアウトするから、どうしても困った時だけ、アラームで知らせなさい"
その言葉を聞いて、ボクは急に不安になった。聞き返す声も心細く震えてしまう。
『…叶花ちゃんと真帆子ちゃんが、ずっとパソコンから見ててくれるんじゃなかったの？』
"なにバカなこと言ってんの。他人のデートののぞき見なんて、あたしはゴメンだからね"
カンカンに怒った叶花ちゃんの声が響いた。明るい真帆子ちゃんの声が続く。
"心配しなくても、あたしが教えてあげたマニュアル通りにしたら大丈夫よ♪"
２人はそろって"がんばれ〜♪"と言うと、かすかなビープ音が鳴った。回線が切断されたんだ。取り残された気分で、ボクは水族館の壁によりかかった。
逃げ出しちゃおうかな…と言う考えが頭をよぎる。
―でも、今、ボクが逃げ出してしまったら、一晩中がんばってくれた叶花ちゃんと真帆子ちゃんに申し訳ないし…―
その時、柔らかく澄んだ声が、ボクの背中に向かって呼びかけた。
「ごめんなさい。お待たせしちゃいました？」
振り返ったボクは一瞬、呼吸するのも忘れてしまった。
フリルのついた白いブラウスに、小花を散らした淡いブルーのロングスカート。おしゃれをしたＭｉｎｋちゃんが、空色の傘を差して立っていた。その姿は、まるでどこかの国のお姫さまみたいだった。
「真帆子ちゃんから、イリヤくんに連絡をもらったって聞いて…。今、ツアーの最中じゃないんですか？」
不思議そうに尋ねるＭｉｎｋちゃんに、真帆子ちゃんから教えられた言い訳を口に乗せる。
『今日は移動日でお休みなんだ。つき合わせてごめんね』
「いいえ。あたしも今日はオフですし、水族館って大好きですから。誘ってもらえてうれしいです」
そう言って、Ｍｉｎｋちゃんはかわいらしく微笑んだ。
☆☆☆☆☆
水族館に入ると、まず広がっていたのは、さんご礁の水槽だった。
「おサカナがたくさんいる！ キレイ！」
鮮やかな色をした南海の魚たちをうっとりと見つめた後で、Ｍｉｎｋちゃんがボクを見上げた。Ｍｉｎｋちゃんを見下ろして、お話するなんて初めてで、ちょっぴりくすぐったい。
Ｍｉｎｋちゃんをもっと喜ばせたくて、ボクはこっそり、水族館のホームページにアクセスして、館内の生物に関するデータを集めた。水槽の中を指差して説明する。
『あれはクマノミって言う魚で、イソギンチャクと共生しているんだ。イソギンチャクは毒を持ってるんだけど、クマノミの体には粘液があるから刺されないんだよ』
「すごい！ イリヤくんって物知りなんですね！」
Ｍｉｎｋちゃんがニッコリして、ボクは赤くなった。
それからボクたちは水族館のあちこちを回った。銀色のイワシの大群が、円を描いて泳いでいるのを見つめたり、点滅しながら、暗い水槽の中を漂うクラゲにため息をついた
り、優雅なラッコの泳ぎに歓声をあげたり。Ｍｉｎｋちゃんは本当に楽しそうで、ボクはホッとした。
最後にやって来たのは、とても大きなプールと、それを囲む観客席。ここの水族館の目玉は、巨大プールで行われるイルカショーなんだ。
空はどんよりと曇っていたけど、幸い雨は止んでいて、ショーは上演されることになった。
ショーが始まると、潮の香りがするプールの中を、縦横無尽に何頭ものイルカが泳ぎまわった。軽快に流れる音楽に合わせ、トレーナーの合図で、イルカたちは一斉にジャンプ
する。３頭のイルカが同時にジャンプして、ボールにアタックすると、Ｍｉｎｋちゃんとボクは手が痛くなるくらい拍手した。
太陽が出ていないせいもあって、プールを渡って観客席に届く風は、ちょっぴり肌寒かった。ショーも半分過ぎた頃、Ｍｉｎｋちゃんがくしゃみをして、ボクは慌ててしまった。
急いでＷＡＮＮＡ−ＢＥを使って、外気温を確認する。気温は１８度。水辺に薄着でいるには低すぎる。
『Ｍｉｎｋちゃん、寒いの？ 建物の中に戻ったほうがいいよ』
ボクが立ち上がりかけると、Ｍｉｎｋちゃんはボクの腕をつかまえて、もう１度座らせた。
「お願い、まだショーは途中だし、最後まで観たいの。ダメですか…？」
でも、この気温じゃＭｉｎｋちゃんは風邪を引いちゃう…。ボクが困っていると、Ｍｉｎｋちゃんは、ぴとっとボクに寄り添った。そしてボクの片腕を取って、胸元でぎゅっと抱きしめた。
「こうやってくっついてたら、あったかいから大丈夫です。ねっ？」
Ｍｉｎｋちゃんの体温と、柔かな体の感触がじかに伝わって来て、ボクは耳まで真っ赤になってしまった。Ｍｉｎｋちゃんの髪からシャンプーのいい匂いして、ボクの鼻をくすぐる。
それからショーが終わるまで、Ｍｉｎｋちゃんとボクはずっと寄り添っていた。ボクの体温は上昇しっ放しだったから、Ｍｉｎｋちゃんはきっと暖かかったんじゃないかな。
碧いプール、キレイな音楽とイルカたち、そしてボクの隣にはＭｉｎｋちゃんの温もり。…そんなこと不可能だって分かっていたけど、ボクはいつまでも、この時間が続いてくれれ
ばいいなって…そう願っていた。
☆☆☆☆☆
水族館を出ると、再び雨が降り出していた。ボクたちが傘を広げていると、突然、Ｍｉｎｋちゃんの名を呼ぶ声がした。
「あれ？ Ｍｉｎｋちゃんじゃないですか〜？ や〜ん♪ こんなところで会えるなんてグウゼン〜♪」
Ｍｉｎｋちゃんとボクは慌てて振り返った。
水族館の入り口に、有香ちゃんとモトハルが相合傘で立っていた。片手に大きな黒い傘を持ち、反対側の腕に有香ちゃんをしがみつかせたモトハルは、ひどく困惑している様子だった。
「こんなところで、なにしてるんだ？ 一緒にいるのは…イリヤ…なのか…？」
「…せ、先輩こそ…。今日は有香ちゃんと一緒なんですか…？」
とがめるようなモトハルの声と、傷ついた表情で言い返すＭｉｎｋちゃん。緊張した空気に、有香ちゃんがにぎやかに割りこむ。
「Ｍｉｎｋちゃんとイリヤさん、デート中なんだ♪ いいな〜♪ あたしと鳥海さんもデートなんですよ♪ このままダブルデートなんて…いや〜ん♪ 有香、困っちゃう〜♪」
「…こ、こら、勝手なこと言うな！ この前の撮影で、水族館に傘を忘れたから、一緒に取りに行ってくれって言ったのは、キミだろう!?」
「や〜ん、鳥海さんってば、照れてる〜♪」
―ど、どうしたらいいんだよ〜。叶花ちゃん、真帆子ちゃん、助けて〜―
ボクは半泣きで警告音を、叶花ちゃんのパソコンへ送ったけど、応答はなかった。叶花ちゃんたちから指示がない以上、ボクの判断でＭｉｎｋちゃんを守るしかない。ボクは深呼吸して、お腹に力をこめた。
『やあ、鳥海。こんにちは。Ｍｉｎｋちゃんをお借りしているよ』
精一杯の笑顔でモトハルに歩み寄り、右手を差し出す。
『今日はお互いにオフだし、仕事の迷惑にはならないだろう？』
「…イリヤ…さん」
一瞬、モトハルの瞳が強い光を宿した。だけど、ボクが見つめ返すと、力なく目を伏せる。モトハルは自分の気持ちに気づいてないけど、本当はＭｉｎｋちゃんのことが好きなんだって、ボクは知ってる。モトハルがイリヤをライバル視してることも。
―みんくちゃんはずっとモトハルだけを想ってるのに、そのことには全然、気づかないくせに、ヤキモチだけ妬いてるなんて、モトハルもバカだよね…―
モトハルへの怒りを抑えながら、ボクはそらっとぼけた。
『残念ながら、デートじゃないよ。これでも仕事なんだ。新曲のプロモビデオの候補地に上がっている水族館を、Ｍｉｎｋちゃんに見てもらいたくてね』
そして、ボクはずっとモトハルに伝えたかった言葉を口にした。
『お願いだ。キミが本気でＭｉｎｋちゃんを想ってくれているなら、Ｍｉｎｋちゃんをきちんと信じてあげて欲しい。キミが側にいて支えてあげるからこそ、Ｍｉｎｋちゃんは頑張れるんだから』
Ｍｉｎｋちゃんとモトハルが、すれ違いのケンカを繰り返すたびに、ボクはこの言葉をモトハルに言いたくて仕方なかったんだ。でも、ボクの言葉を聞いたモトハルの顔は、ヤケドでもしたように醜く歪んだ。
「…オレの知らないＭｉｎｋを、あなたは知ってるとでも言いたいんですか？ ２人きりで、どんな話をしたんです？」
『…ちがっ…そんなつもりは…！』
隣ではＭｉｎｋちゃんと有香ちゃんが、予想外の展開におろおろしている。そして、モトハルの矛先は、Ｍｉｎｋちゃんに向いた。
「このところ仕事に身が入らないと思ったら、イリヤとデートしてたのか？」
「…！？ 違います！ 先輩！ あたし…」
ボクはＭｉｎｋちゃんをかばって、モトハルとの間に割って入った。
『落ち着け、鳥海。少し冷静になって、Ｍｉｎｋちゃんの話を聞いてあげたらどうなんだ』
「何の話があるって言うんです！？ 言い訳なんて聞きたくない！！」
『この…分からず屋！』
ボクたちは正面からにらみあった。
「止めて！」
悲痛な声がボクたちを止めた。スミレ色の瞳から大粒の涙をボロボロとこぼしながら、Ｍｉｎｋちゃんが叫んでいた。
「ケンカは止めてください。…あたしが悪いんです。…ごめんなさい！」
そういうと、Ｍｉｎｋちゃんは顔をそむけて、走って行ってしまった。
『Ｍｉｎｋちゃん！？』
「Ｍｉｎｋ！」
ボクとモトハルはＭｉｎｋちゃんを追いかけようとして、派手にぶつかってしまった。
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ボク達がよろめきながら起き上がると、いきなり真帆子ちゃんが走って来て、モトハルにしがみついた。
「ちょ…ちょっと待って、お兄ちゃん！ ケンカしないで！」
少し遅れて、叶花ちゃんもボクたちの輪の中に飛びこむ。２人とも一生懸命に走って来たらしく、激しくあえいでいる。
モトハルが不思議そうな顔になった。
「真帆子と、森山さん？ どうしてここに？」
なんとか呼吸を整えて、叶花ちゃんがぎこちない愛想笑いをしながら、説明した。
「イリヤに招待されて、あたしたちみんなで水族館へ来たんですよ」
「…え？ じゃあ、白石さんも？」
ギョッとなって、真帆子ちゃんがぶるぶると首を横に振る。
「え！？ う…ううん。みんくは今日はその…ちょっと用事があって、来てないんだけど…」
気が抜けた様子でモトハルは「デートじゃなかったんだ」と呟いた。
「やだ。モッくん、Ｍｉｎｋとイリヤが一緒にいるのを見て、デートだと思ったの？ 違うよ。Ｍｉｎｋがこの頃、元気がないから、あたしたちからイリヤにお願いして、みんなで水族館へ連れて来てもらったんだよ？」
真帆子ちゃんの説明を聞くにつれて、モトハルの顔色が青ざめていく。叶花ちゃんが心配そうに質問した。
「それで鳥海先輩、Ｍｉｎｋはどこにいるんですか？」
「ごめん。オレが…その…勘違いしたせいで、帰ってしまったみたいだ」
「もう！ モッくんってば、なんてことするのよ！？」
真帆子ちゃんにモッくんと呼ばれても、訂正もせずに、モトハルはうつむいた。
「…イリヤさん、誤解して、すみませんでしたっ！」
土下座もしかねない様子で、頭を下げられて、ボクはモトハルが気の毒になった。
Ｍｉｎｋちゃんとボクがデートしていたのは、モトハルの推測通りなんだから、ウソをついている罪悪感もある。ボクは急いで提案した。
『Ｍｉｎｋちゃんはまだ近くにいるかもしれない。手分けしてみんなで探そう』
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みんなの輪から離れると、ボクはこっそりＷＡＮＮＡ−ＢＥにアクセスした。
『おねがい"ＮＥＴＷＯＲＫ" −…「検索」（サーチ）！』
ＷＡＮＮＡ−ＢＥはたちどころにＭｉｎｋちゃんの居場所を探し当てる。予想通り、水族館前から、そんなに遠くない。ボクは瞬時に移動した。
『おねがい"ＮＥＴＷＯＲＫ" −…「転送」（ムーブ）！』
ビルとビルの谷間の、ひと気のないところを、Ｍｉｎｋちゃんは傘で顔を隠すようにして歩いていた。嗚咽をこらえているらしく、細い肩が小刻みに震えている。雨とは違う、丸いしずくが２筋、頬を滑り、スカートに染みをつけた。
『Ｍｉｎｋちゃん！』
ボクは急いでＭｉｎｋちゃんの傍に駆け寄った。Ｍｉｎｋちゃんはハッと顔を上げて、ボクと目を合わせた。そして赤い瞳を恥じるように、うつむいた。
ボクは穏やかな口調で、Ｍｉｎｋちゃんに話しかけた。
『鳥海の誤解は解けたよ。ちょうど真帆子ちゃんと叶花ちゃんが通りかかって、ごまかしてくれたんだ。今、みんなでキミを探してる。鳥海も後悔してるみたいだから、今回は許してあげてくれないかな？』
緊張にこわばっていた肩がゆっくりと下がる。うるんだ瞳のまま、Ｍｉｎｋちゃんはボクを再び見上げた。
「…本当ですか？」
『うん。もう安心していいよ。オレもついカッとなって、ケンカ腰になっちゃって、本当にごめん』
Ｍｉｎｋちゃんは口元をわずかにほころばせた後、申し訳なさそうに首を横に振った。
「ううん、イリヤくんはあたしをかばって、怒ってくれたんですから。…あたしこそ、ごめんなさい。せっかく誘ってもらったのに、こんなことになって」
『いいんだよ。オレが誘ったんだし。…それに、とっても楽しかった。ありがとう、Ｍｉｎｋちゃん』
「…あたしも楽しかったです。…それと、イリヤくんが先輩に言ってくれた言葉、すごくうれしかったです。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるＭｉｎｋちゃんの頬に、ボクは手を伸ばした。柔らかな頬に残る涙の跡を指先でぬぐい、ボクは微笑んだ。
『キミが笑顔で幸せでいてくれたら、ボクは幸せなんだ。いつだってボクはキミを応援しているよ。…ボクはキミが好きだから…』
Ｍｉｎｋちゃんは驚いて瞳を丸くすると、花が咲きこぼれるように、優しく笑った。
「…ありがとう…」
それから、Ｍｉｎｋちゃんはまばたきし、ボクの肩越しに空の向こうを指差した。
「…あ、虹！」
ボクは慌てて振り返り、歓声を上げた。林立するビルの彼方、灰色の雲の間に、鮮やかな円を描いて、大きな虹がかかっていた。気がつけば、いつのまにか雨は小雨に変わっている。
きっと雨はもうすぐ止む。ＷＡＮＮＡ−ＢＥで天気情報を得るまでもなく、ボクはそう判断した。その結論は、なぜかボクを浮き立たせた。
浮き立った心のまま、ボクはＭｉｎｋちゃんに別れを告げた。
『じゃあ、悪いけど、オレはこのまま帰るよ。鳥海たちによろしく』
「え？ もう…お別れですか？」
寂しそうな上目遣いになるＭｉｎｋちゃんにウィンクで答える。
『オレも残念だけど、これ以上、一緒にいると、かえって名残惜しくなっちゃうからね』
あまり大勢と一緒にいると、ニセイリヤだってバレるかもしれないから、なんて、Ｍｉｎｋちゃんには言えないしね。
『今日は本当に楽しかったよ。ありがとう』
最後に大きく手を振ると、ボクはＭｉｎｋちゃんに背を向けて、駆け出した。一足ごとに、体が軽くなっていくような、不思議な感覚を覚える。
…このまま、翼が生えて、大空へ飛んでいけそうだった。天使になるってこんな気分かもしれないって思った。
…あの日、一瞬だけ、Ｍｉｎｋちゃんの瞳の魔法で、ボクは電脳☆天使になれたのかもしれない。
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その晩、叶花ちゃんの家に、叶花ちゃんと真帆子ちゃんとボクが集まった。
２人は、今日、タイミングよく来てくれた事情を教えてくれた。
実は、緊急事態に備えて、真帆子ちゃんと叶花ちゃんは水族館近くのファーストフードショップで待機していたらしい。ボクからのアラームで事情を知って、大急ぎでお店から走って来てくれたんだって。
Ｍｉｎｋちゃんがみんなのところへ戻った後、みんなはそのまま、そろって帰宅したみたい。
「鳥海先輩も誤解が解けて、楽しそうにＭｉｎｋと話しながら帰ったわよ」
「モッくんってば、あたしにイリヤに謝っておいて欲しいって言ってた。イリヤの正体がオムくんだって知ったら、ビックリするだろうな」
口々に話す２人は、モトハルとＭｉｎｋちゃんの仲が、ひどくこじれるのを防げて、ホッとしたみたいだった。
「…でも、モッくんってパパに似て、思いこみ激しいからさ、あたしの説明で納得してくれて助かったよ。あたし、言い訳しながら、ウソだってバレたら、どうしようと思って、冷や汗かいてたもの」
「有香も、傘を忘れたとか言って、ちゃっかり鳥海先輩をデートに誘ってたみたいだしね。みんくのライバルとしては、かなり手ごわいよ、あの子」
確かに真帆子ちゃんと叶花ちゃんの言う通り、まだまだ心配の種は尽きないと思う。でも、ボクは笑顔で断言した。
『大丈夫だよ、きっと。止まない雨はないんだし、雨が止んだら、とってもキレイな虹が出るんだから』
「うん。…きっと、そうだね」
真帆子ちゃんと叶花ちゃんは、優しく笑って、ボクの言葉にうなずいてくれた。
話が終わると、叶花ちゃんはパソコンを開いた。ＷＡＮＮＡ−ＢＥを呼び出して、叶花ちゃんが、静かな声でボクを呼んだ。
「さて、オム。魔法が解ける時間だよ」
コピーイリヤ姿のボクは、叶花ちゃんが作業しやすいように、パソコンの近くへ歩み寄った。
『今日はとっても幸せで、楽しかった。ありがとう、叶花ちゃん、真帆子ちゃん』
ボクが頭を下げると、叶花ちゃんはそっと言った。
「オム、あんたの気持ちは変わってしまうと思うけど、今日１日のデータはあんたの中で残っているからね」
「それに、オムくんの気持ちは、あたしたちが覚えてるから。ずっと、ね」
憂いを秘めた叶花ちゃんと真帆子ちゃんの瞳を、ボクは見つめ返した。そして、『ありがとう』と笑ってみせた。
ＷＡＭＭＡ−ＢＥがスタンバイする。…そして、世界が暗転した。
気がつくと、ボクは叶花ちゃんのパソコン机の上で仰向けに寝転んでいた。心配そうに、叶花ちゃんと真帆子ちゃんが、ボクをのぞきこんでいる。
ヨイショと立ち上がり、ボディのあちこちを動かしてみる。うん。調子いい。やっぱりボクにはこのボディが合ってるみたい。
『ボク、直ったの？』
叶花ちゃんに聞いてみると、怒った顔をされた。
「完璧に直しておいたわよ。また同じことが起きないように、バージョンアップもしておいたからね」
真帆子ちゃんが笑顔でつけ加えた。
「明日から、またみんくのところに帰れるって。よかったね、オムくん」
『うわーい、ありがとう！』
うれしくなって机の上でボクは何度も跳ね回った。真帆子ちゃんと叶花ちゃんが同時に吹き出す。ボクを見守る２人の瞳は、とても暖かで、優しくて…ちょっぴり悲しそうだった。
☆☆☆☆☆
翌朝、登校したみんくちゃんのところへ、ボクは文字通り、飛んで戻った。
みんくちゃんはビックリ顔で、ボクを痛いくらいぎゅっと抱きしめた。
「オムくん！ もう大丈夫なの！？」
『うん！ 今日からまた、みんくちゃんと一緒だよ！」
「そっか。直ってよかったね！ オムくん」
みんくちゃんに頬ずりされて、ボクは『心配かけてごめんね』と謝った。
「オムくんが帰って来てくれて、うれしいな」
そう言って、みんくちゃんは同じ教室にいる他の人たちに聞えないように、小声でささやいた。
「昨日ね、イリヤくんに誘ってもらって、水族館へ行ったの。とっても楽しかったよ。オムくんも今度、連れてってあげるね」
―本当はイリヤの正体はボクなんだけど、それはみんくちゃんにはナイショの話―
ニコニコしているみんくちゃんを見ていると、ボクもうれしくなった。『よかったね』とつられて、ニコニコしながらうなずく。
そういえば、ボクがＭｉｎｋちゃんと遊びに出かけたのは、ボクのバグを直すためでもあったんだ。でも、それがどんなバグだったかが、ボクには結局、よく分からなかった。
叶花ちゃんが『ギジレンアイジョウタイ』とか言ってたけど、あれってどういう種類のバグだったのかな？ まあ、分からなくても、とりあえず直ったんだから、いいよね…。
そして、ボクはこっそり、ナイショ話の続きをする振りをして、みんくちゃんにささやいた。
『あのね、みんくちゃん。ボク、みんくちゃんが大好きだよ』
みんくちゃんは驚いて瞳を丸くすると、花が咲きこぼれるように、優しく笑った。
「あたしも、オムくんが大好き」
その時、ボクの胸の振り子が、一瞬、大きく揺れた。思わず顔を上げて、ボクはみんくちゃんの瞳をのぞきこんだ。
間近で見る、みんくちゃんの輝くスミレの瞳。そこにはオムスビ型をしたボクが映っている。スミレ色をした、ミニチュア版のボクは今にも泣き出しそうだった。
「オムくん、どうしたの？」
みんくちゃんがまばたきすると、ボクの姿もかき消えた。もう１度のぞきこむと、やっぱりボクが映っている。泣いてなんかいない。いつも通り、元気いっぱいのボク。
ボクは、みんくちゃんにニッコリと笑いかけた。
『なんでもないよ。大丈夫』
そして、ボクの胸の振り子は、何事もなかったように、元の位置に落ち着いた。
＜おわり＞
ＢＧＭ ： 熊谷幸子 「風と雲と私」
： ＳＩＡＭ ＳＨＡＤＥ 「曇りのち晴れ」
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いかがでしたか？
タカマガハラの小説で評価の高い神無月風さんが、力をいれて執筆してくださいました♪ ありがとうござい真帆子〜♪
ご覧の通り、オムくんの「恋」のお話です♪ 神無月さんは、オムくんが大好きだそうです♪ 「オムくんはきっと、みんくちゃんに恋している」という話をかつて神無月さんと語り合ったことがありまして、ぜひそういうお話を書いてみたいと神無月さんが以前から構想を練っておられました☆ 今回ついに、完成して、私も大変うれしく思います♪ 本来「恋」の感情などありえないオムくん。いまいち「恋」の感情は理解できないながらも、みんくちゃんの想いから流す涙…。「恋」の感情をコントロールされても、でも、その想いは完全に消えておらず、ついつい涙が出そうになるオムくん…。いじらしくて、思わず涙腺が緩んでしまった由里りんでした…☆（照）
…そういえば、ずいぶんと私自身の作品をアップしてませんね（汗）。う〜〜〜ん、何かそろそろ書かなければ…☆ 怠けてばかりだと、神無月さんにまた叱られるなあ…（苦笑）